英雄の条件

渡辺 佐倉

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暴虐王の過去8

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悲鳴を上げない様に訓練を受けている。

だから、声を出さなかったのかもしれない。
劉祜が先に一言言ったからかどうかはレオニードにも分からなかった。

そこにいたのは一人の少女、だったものだった。

木の幹だろうか、それとも何かの生き物なのだろうか。
硬いもの様に見えるが、規則的に脈打っているものが少女に絡みついて一部は少女と同化してしまっている様に見える。

「いつもは入り浸ってるのに、今日は晃はいないんだな。」
「男の嫉妬は醜いですよ。」

朗らかに少女は言う。
それは酷く場違いの様に見える。

彼女がきっとお姫様なのだろう。何故昔話をしていたのに今も少女のままなのかは分からないけれどそれ以外考えられない。

「あら。紹介してくださらないの?
それとも平民同士で仲良くして、わたくしには挨拶もしてくださらないの?」

少女はこちらを見ているのに視線は合わない。
彼女の目はいつからかは知らないが見えないのだ。

それよりもお姫様が劉祜に言った平民という言葉の方が気になった。

「こちらレオニード。
俺の番だよ。」

劉祜は俺の事を紹介する。

「どうも、はじめまして。」

極力優しく聞こえる様に少女に話しかける。

「あら、ついに伴侶が出来たのかしら。
婚礼に招待もしないなんて相変わらず失礼な人ね。」

お姫様に言われて劉祜はため息を付く。

「まだ、婚礼はしてないよ。」
「相変わらず、甲斐性がないのね。」

ふふふと面白そうに少女が笑った。


馬鹿にしている、というより完全に下に見えている感じの方が近い。

下士官が兵卒に話しかける時に少し似ているとレオニードは思った。
口調ではなく態度がどことなくそう見えるのだ。

今、世界で一番権力を持っている人間は劉祜だろう。
それを平民という少女には違和感しかない。

それに、レオニードの事を当たり前の様に番だと劉祜が言った事にも、正直驚いた。
レオニードは人質だ。別に伴侶という訳ではない。

しかも、声からもレオニードも男だということは分かっているだろうに、その事には触れもしない。

姫君のイメージがガラガラと崩れ落ちる。
晃は夢見る様にお姫様の事を語った。まるでレオニードが姫君としてふさわしくない様な口調だったのに、目の前の少女も姫君からは程遠い様に見える。

別にレオニードは姫じゃないから当たり前なのだけれど、何故晃があんなにもこだわっているのかは気になった。

けれど、少なくとも彼女がここから動けない事は痛いほど分かる。
これが国土の為なのか、国家の為なのか、それとも意味のない事なのかはレオニードいは計り知れないが、それでも普通にこの幹の様なものを切ってしまえば少女がタダでは済まないことが分かる。

「多分きっと今日は私を紹介するだけなのでしょうね。」

少女は面白そうに笑う。それでレオニードは驚く。

初めて、劉祜と同じ王侯貴族の匂いの様なものを少女から感じ取る。

「今度は是非ゆっくりとお話をしましょ?」

少女は何もかも見透かしたように、目を細めた。


帰りも劉祜は無言のままだった。
レオニードも何から訊ねればいいのか分からなかった。

レオニードの部屋に着いた後、一言だけ劉祜は呟いた。

「奇跡なんてものはおきない。」

その言葉に何も答える事が出来なかった。
レオニードは多分その時強く奇跡をおこしたいと思ったのかもしれない。

少なくとも劉祜のために奇跡がおきればいいのにと思ってしまっている。

けれど、無責任に口に出すことはできなかった。

――いつかきっと奇跡はおきる。

多分今まで努力を重ねてきた暴虐王に伝えていい言葉ではない気がした。
奇跡なんてものにすがれなかった彼の行きついた先が、今の地位で今のかれなのだろうから。

何も言葉を返せないし、励ましの言葉も浮かばない。
彼に差し出せる言葉が何もないということに気が付いてしまう。

でも、それでも。

レオニードは腕を広げると劉祜に抱きつく。
抱きしめてそっと、ポンポンと手で劉祜の体を撫でてやる。

昔母にされたみたいに劉祜を抱きしめる。

その方法が正しかったかは分からないけれど、他に何も浮かばなかったのだ。

劉祜は振り払わなかったし、怒りもしなかった。
暫くただレオニードに抱きしめられた後、ふらりとそのまま部屋を出ていってしまった。
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