英雄の条件

渡辺 佐倉

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聞える音はお互いの息遣いだけだった。

結婚式もしていなければ、特に何もしていない伴侶と初めてしたことがこれというのは、少しばかり愉快だった。

レオニードは思わず微笑む。けれどそれは勝者の微笑みという訳では、全くなかった。

そんな風に自然と笑顔を浮かべるのはいつぶりだろうか。

軍にいた時はその時の状況に合わせて半ば無理やり笑顔を浮かべていた気がする。
それが戦闘のために必要だったからという理由だけで軽口をいって笑い合っていた気がする。

だから、多分久しぶりの笑顔だった。

その笑顔をみて、暴虐王が我に返ったかの様にニヤリと笑った。

剣を交えていた時間はほんのわずかな時間だった。

レオニードは暴虐王に向って手を伸ばす。

その手をつかんで暴虐王は立ち上がった。


「完敗だ。」

そう“暴虐王”は笑った。
けれどあまりそうだとは思わなかった。

レオニードは本気を出していたけれど、果たして暴虐王もそうだったのかは分からない。
まるでレオニードの力を確認するみたいなそんなやり取りだった。

けれど、あのニヤリと笑った瞬間だけは彼の素が出ていたのかもしれない。

「調べていた軍歴と少しばかり違ったな。」

暴虐王に言われるがレオニードは肯定も否定もしなかった。
国のためにその質問に答えることはできない。

そんなことは百も承知なのであろう。何も答えないレオニードに暴虐王は気にした素振りも無く負けたにも関わらず上機嫌だった。

「名を教える以外に酒でもふるまおうか?」

聞かれてふと最近飲酒をしていない事に気が付く。
けれどそれよりもとレオニードは欲しいものがあった。

軍にいたころ上官は部下に秘蔵の酒だの煙草だの、それから菓子の様な嗜好品をそっと手渡すことがあった。
ユーリィは年齢的に菓子がいいだろう。

「この国には美しい砂糖菓子があると聞きます。是非それを。」
「甘党だったとは、それもこちらの調べとは違うな。」

当てにならないものだと暴虐王が言う。
レオニードは思わず笑った。


暴虐王はレオニードと向き合うと、まじめな表情になる。

「劉祜《りゅうこ》だ。」

慣れない響きの言葉に一瞬何を言っているのか分からなかったけれど、レオニードはすぐにそれが暴虐王の名だということに気が付く。

「帝位の名ではないが、気が向いたときに呼べばいい。」

一応、妃なんだ。咎める者はいないだろうと笑う。
レオニードは、さすがに気安く誰かの前で呼べるものではない事位分かっていた。

「劉祜。」
「なんだ?」

どうせ呼ばない名なので一度呼んでみたかった。それだけだった。
自分の声で響く暴虐王の名は不思議に響く。

「面映ゆいものだな。」

劉祜はそんなことを言う。何故彼が恥ずかしがっているのかレオニードにはよく分からない。

「レオニードという名は王族のものか?」
「まさか。母さんが付けたんじゃないかと思ってるけど。」

父が付けたという話を聞いたことは無い。だから多分母親が一人でつけた名だ。

「そうか。良い名だ。」

劉祜にそういわれて、何故彼が恥ずかしがるような、照れる様なそんなことを言ったのかが分かった。
これは照れてしまう。

「今度は……。」

劉祜が静かに言う。

「レオニードに合わせた剣を作らせよう。」

次があるとしたら、その時は負けない。
そう言われてレオニードは思わず笑みを浮かべた。

「鍛錬して待ってるから。」

まるでそれを待ち望んている言い方になったことにレオニード自身が驚いた。
それは劉祜もそれには少しばかり驚いたらしく、一瞬固まってから吐息に近い笑い声をあげて「そうだな。俺も楽しみにしている。」とこたえた。
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