一から百まで

渡辺 佐倉

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百目鬼は浴衣だとか道着だとか、そういうものがよく似合う。

「浴衣姿もエロいな。」

相変わらず残念な言葉に思わず頷きそうになる。
百目鬼が言っているのは、彼自身の事ではなく俺の事だと気が付く。

「そうか?」

何の変哲もない旅館の白地に紺の模様の入った浴衣だ。

「袴姿も見てみたいと思っていた。」

合宿で来ていたのは足さばきの見えやすい柔道着に近い恰好だった。
剣術等をするときには袴姿もする。

「居合、今度見せてやろうか?」

俺が言うと「ああそうだな。」と百目鬼が返事をした。

「怒らないんだな。」

百目鬼が言う。

「別に浴衣ならな。
……道着でエロい事したいって言ったら、多分殴るけど。」

お前だっていやだろというと、百目鬼は困ったように笑った。
今日、道場でキスをしそうになった人間が言う話じゃない。

百目鬼が、襟元に沿って俺の首から胸元を撫でる。
一瞬怪しい雰囲気になる。
期待のこもった目で見てしまうが、百目鬼はぱっと雰囲気をかえて「そろそろ、風呂の予約の時間だな。」と言っただけだった。



備え付けのバスタオルとタオルを持って、貸し切り風呂に向かう。
静かな館内は誰とも行き違わない。

とても二人っきり感がある。


貸し切り風呂は岩で作られた感じの風呂で情緒があった。
だけど、風呂は裸でないと入れないという部分が頭からすっぽ抜けていた。

温泉が濁り湯でよかった。
気恥ずかしさがどうしてもある。

浴槽を見た瞬間「おお!」と感嘆の声を上げた以外、湯船につかるまで二人とも無言だった。

百目鬼と並んでお湯につかる。
じわりと温かくて、気恥ずかしさに混ざったぎこちなさが体から消えていく。

「なあ、ここのところ少し前と違わないか?」

同じように落ち着いたらしい百目鬼に聞かれる。

どう答えていいのか分からなくて、切ない、愛おしい気持ちになって目を細める。

「んー。なんていうかアンタの事思ってたより好きだったみたいで。」

正直に言うと、不思議そうな顔をされる。
当たり前だ。

好きだって言ってセックスをした後、思ってたより恋してましたなんて滑稽だ。

「勿論、好きだって思ったからセックスしようとは思った訳だけど……。」

もごもごと言う俺に百目鬼は笑顔を浮かべている。

「そ、そんな事よりも、春香とずっと何を話していたんだよ。」

これはつまらない嫉妬に似た感情だと自分でも知っている。
だけど、聞いておきたかった。
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