一から百まで

渡辺 佐倉

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柔道の全国大会は毎年開催場所が違う。
今年は県外で行われるらしい。

少し悩んで、夜行バスで観戦に行くことにする。
百目鬼は彼の両親の車で等と言っていたが、それこそどんな顔をして道中を過ごしていいのか分からず遠慮した。

そもそも百目鬼は両親に俺の事をなんて紹介するつもりなのか。
俺の父と同じように大切な人ですって言うつもりだったのだろうか。

どちらにせよ、俺には荷が重すぎるので一人で会場に向かう。

思ったよりも人が多い。

百目鬼が俺の事を見つけない方が、多分集中できる気もする。

後ろの隅の方の方の席で試合を眺める。

百目鬼が注目されているのは分かる。
記者らしき人が何人もカメラを向けている。


県大会と同じで百目鬼は危なげなく勝っていく。
一つ一つ勝ちを重ねるごとに鬼気迫る百目鬼を見る。

スマホ位見るかもしれないとメッセージを送ろうか一瞬考えたがやめる。
集中力の切れる瞬間を知っている程、俺と百目鬼は長い時間を共にしてはいない。

じっとりと自分の手のひらが汗で湿る。
別に俺が何かをする訳でもないのに緊張してきた。

勝ってほしいの誰かに念じたことは初めてだ。

付き合うとかそういう話をしたことは覚えている。
だけど、それよりもただ、好きな男に勝ってほしいと願っている。

決勝戦。

対峙している百目鬼を見て、ただ勝利を祈る。信じる。

百目鬼が強い事は、知っている。

全国大会で優勝すると俺に言ったことも。

あれが叶えられないために言った自嘲の様なものだとは思いたくない。
世界で誰よりも、あの言葉を本当にしたいと俺は願っている。

決勝戦が始まった。

対戦相手の体制が崩れる。
百目鬼の寝技ががっちりと決まる。

あそこから逃げ出すのは容易ではない。
時間が、一秒一秒過ぎていくのがゆっくりと感じる。

後何秒かを何度も確認してしまう。


主審が手を上に上げる。
百目鬼が勝った。約束通り優勝した!
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