一から百まで

渡辺 佐倉

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「暑いな……。」

何を言っていいか分からずそんなことを言う。

許可を得たとはいえ練習を抜け出しているのだ。
そんなに長い時間、彼から奪ってしまう訳にはいかない。

「綺麗だった。」

唐突に百目鬼が言う。

「綺麗?」

上手く話せている気がしない。
百目鬼を意識しすぎてしまう。

「さっきの組手。すごく綺麗だった。」

相手に嫉妬した程だ。
照れくさそうに百目鬼が言う。

一緒だ。

俺が百目鬼の試合を見たときと同じ気持ちだと思った。
百目鬼は綺麗だった。

この気持ちを何と伝えたらいいだろう。

「……俺も百目鬼にそう思ったよ。」

言葉にするのはあまり上手くない。

ここは外だし、抱き着くわけにもいけない。

「一之瀬? お前なんか変だぞ。」

百目鬼が訝し気にこちらを見る。
どう返事をすればいいだろう。

「単に、百目鬼が好きなだけだ。」

悩んだ末、答えられた返事はひどく簡素なものだった。
けれど、百目鬼は驚いた様子で目を見開いて、それから嬉しそうに目を細めた。

たまに見せるその嬉しそうな表情が好きだ。

気が付いていなかっただけでもう相当に百目鬼の事が好きだったのだろう。

「合宿終わったら、ランニング一緒に行こう。」
「ああ。」
「それから、アイスでも一緒に食べて。」
「ああ。」
「メッセージだけでいいから、連絡が欲しい。」
「ああ。」

百目鬼はちゃんと分かっているのかいないのか。返事しかしてくれない。
でも、声はひどく優しくて、表情も甘ったるい。

「大切な人だって言ってくれて、嬉しかった。」

最後にそう言うと「嘘をつくのは苦手なんだ。」と百目鬼が答えた。

とても短い時間だった。
手すら握れてもいない。

ただ、いくつかの話をしただけだった。

駅へ向かう道を全力疾走で駆け下りながら、それでも叫びだしたいくらい嬉しかった。
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