一から百まで

渡辺 佐倉

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朝、ランニングをしていると今日も百目鬼は河川敷にいた。

もしかしたら、ずっと前から彼も朝のランニングをしていたのかもしれない。

「よう。」

まるでずっと長い間友達だった人間への挨拶の様になった。

別に誘った訳でも誘われた訳でもないけれど、二人で並んで走る。

百目鬼と同じクラスだったことは無い。
共通の友人で思い当たる人間もいない。

妹とはもしかしたら面識があるのかもしれないと思うが、別に何も聞いてはいない。

「なあ、百目鬼が俺の事を知ったのはいつの事だ?」

百目鬼はこちらを見る。
歩調は変わらなかった様に思える。

けれど、何も言葉を返さない。
お互いの呼吸の音だけを、耳がやけに正確に拾ってしまう。

百目鬼は思ったよりも、しばしば黙る。

もしかしたら、元々それほど喋らないタイプの人間なのかもしれない。
思い出そうと思っても、あの馬鹿げた告白よりも前の百目鬼の細かな印象は、最近の出来事で塗りつぶされてしまっている。

「俺がここで毎日走ってる事は知ってたのか?」

仕方が無く質問を重ねる。
それ自体に意味は無かった。

どうせ、答えないだろうという気分になっていた。

特に好みが合いそうにない相手と、どんな話をしたらいいのかなんて知らない。

「……怪我をしただろ。」

小さな声だった。
だから、という訳ではないけれど、百目鬼が言ってるのが何のことか一瞬分からなかった。

少し考えて、百目鬼が何のことを言っているのか、ようやく思い至る。

「別に、ちょっと怪我をしただけだろう。」

彼の言っていた怪我は、父と古武術の稽古をしている時に誤って刃物で刺してしまった傷だ。
当時中学生で、少しだけ学校で噂になったことがある。

今も太ももに傷跡は残っているものの、日常生活には支障はない。
大きな怪我をしたことはそれだけだ。

細々としたものは日常茶飯事だが、それは多分百目鬼も一緒だろう。
態々言うほどの怪我はそれしか思い浮かばない。

けれど、ちょっとした怪我だ。
後遺症めいたものも何も残ってない。

「ああ。試合をしたときにもう大丈夫なんだって安心した。」

そう答える百目鬼に驚く。

じゃあ、なんで賭けの道具にそれを選んだ。
俺の足がまともに動かないと思ったから、という訳ではなさそうに思えた。

事実あの日の百目鬼は――

と思ったところで考えるのをやめる。
あの日の事はあまり思い出したくはない。
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