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最初の人生
一度目5
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ざわめきが非難の声に変わったのはすぐだった。
アルファだからこそ優秀で、優秀だからこそこの場にいる人がほとんどだった。
それは彼らにとって当たり前のことで、だからこそ相続はアルファにのみ行うしアルファだからこそ支配できる。
あり得ない、という感情が狂乱を産んだのだと思う。
国王陛下が直接命令を下したのかは覚えていない。
非難の声が怒号に変わったことだけは覚えている。
控えていた騎士の剣だったのだろうか。
帯刀を許されている貴族の剣だったのだろうか。収納魔法をや召喚魔法で取り出したのだろうか。
僕はおろおろするばかりで覚えていない。
ただ、誰もの顔が嘲りと憎悪がにじんでいた。
「これは何の真似だ!」
ノヴァ様がいつものしっかりとした声で言った。
剣や魔道具を持った貴族や騎士たちに囲まれて彼はそう言った。
横にいた僕は何もできなかった。
オメガと判定される前に少しだけ魔法の実習をしたことはあった。
剣に生きる家系でも無かったのでまともに剣を握ったことすら無い。
爵位を返上させようとか婚姻を無かったことにしようとかそんな優し気な雰囲気ではなかった。
じりじりとにじり寄る屈強なアルファたちを見て僕は思わずノヴァ様の腕を握った。
そうするとノヴァ様は僕に向かって優し気に笑った。
彼は先ほどまで平民だった。
だからなんの武器もこの場に持ち込めていない。
僕に笑いかけてくれるのは彼のやさしさだと思った。
だから、彼を守らねばと思った。
僕はオメガで何もできないかもしれないけれど。
何人もの屈強な男たちが武器を振りかぶった瞬間周りが一瞬静かになった。
気が付くと彼らのもっていた剣が僕の体を貫いていた。
後ろを振り返ると、ノヴァ様が呆然とした顔でこちらを見ていた。
僕の旦那様は呆然とした顔でこちらを見ていた。
「おにげ、ください……」
言葉が上手く声にならない。
「なぜ……」
彼が絞り出すように言った。
何故だろう。
僕が孕み袋だと言った時に怒ってくれたからだろうか。
それとも彼が世界を救ってくれた英雄だからだろうか。
そのどちらもで、けれどどちらでもない気がした。
腹を貫かれた所為だろうか。口の中に鉄臭い血の味が充満してしまっている。
彼は世界を救った英雄だ。彼だけは幸せにならねばならない。
彼がベータだとわかって、囲まれたときそれでも僕に向かって微笑んでくれた。それだけで充分だった。
僕はできるだけ優しげに微笑むと彼に「今までありがとうございました」とだけ伝えた。
そこで僕の記憶は途切れた。
彼の叫び声が聞こえた気がするけどきっと気の所為だ。
その時僕の命は尽きてしまったのだろうから。
あの後勇者である彼があの場から逃げられたのかはわからない。
けれど、魔王だって彼にかなわなかったのだ。
きっとあの場から逃げ出して、アルファ至上主義では無い国で幸せに暮らせるだろう。
その時はそう思った。
アルファだからこそ優秀で、優秀だからこそこの場にいる人がほとんどだった。
それは彼らにとって当たり前のことで、だからこそ相続はアルファにのみ行うしアルファだからこそ支配できる。
あり得ない、という感情が狂乱を産んだのだと思う。
国王陛下が直接命令を下したのかは覚えていない。
非難の声が怒号に変わったことだけは覚えている。
控えていた騎士の剣だったのだろうか。
帯刀を許されている貴族の剣だったのだろうか。収納魔法をや召喚魔法で取り出したのだろうか。
僕はおろおろするばかりで覚えていない。
ただ、誰もの顔が嘲りと憎悪がにじんでいた。
「これは何の真似だ!」
ノヴァ様がいつものしっかりとした声で言った。
剣や魔道具を持った貴族や騎士たちに囲まれて彼はそう言った。
横にいた僕は何もできなかった。
オメガと判定される前に少しだけ魔法の実習をしたことはあった。
剣に生きる家系でも無かったのでまともに剣を握ったことすら無い。
爵位を返上させようとか婚姻を無かったことにしようとかそんな優し気な雰囲気ではなかった。
じりじりとにじり寄る屈強なアルファたちを見て僕は思わずノヴァ様の腕を握った。
そうするとノヴァ様は僕に向かって優し気に笑った。
彼は先ほどまで平民だった。
だからなんの武器もこの場に持ち込めていない。
僕に笑いかけてくれるのは彼のやさしさだと思った。
だから、彼を守らねばと思った。
僕はオメガで何もできないかもしれないけれど。
何人もの屈強な男たちが武器を振りかぶった瞬間周りが一瞬静かになった。
気が付くと彼らのもっていた剣が僕の体を貫いていた。
後ろを振り返ると、ノヴァ様が呆然とした顔でこちらを見ていた。
僕の旦那様は呆然とした顔でこちらを見ていた。
「おにげ、ください……」
言葉が上手く声にならない。
「なぜ……」
彼が絞り出すように言った。
何故だろう。
僕が孕み袋だと言った時に怒ってくれたからだろうか。
それとも彼が世界を救ってくれた英雄だからだろうか。
そのどちらもで、けれどどちらでもない気がした。
腹を貫かれた所為だろうか。口の中に鉄臭い血の味が充満してしまっている。
彼は世界を救った英雄だ。彼だけは幸せにならねばならない。
彼がベータだとわかって、囲まれたときそれでも僕に向かって微笑んでくれた。それだけで充分だった。
僕はできるだけ優しげに微笑むと彼に「今までありがとうございました」とだけ伝えた。
そこで僕の記憶は途切れた。
彼の叫び声が聞こえた気がするけどきっと気の所為だ。
その時僕の命は尽きてしまったのだろうから。
あの後勇者である彼があの場から逃げられたのかはわからない。
けれど、魔王だって彼にかなわなかったのだ。
きっとあの場から逃げ出して、アルファ至上主義では無い国で幸せに暮らせるだろう。
その時はそう思った。
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