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星をつかむ話
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※都竹視点
目の前に立った自分の番らしき人間を初めて見た時に思ったことは、『人生なんてこんなもんだ。』ということだった。
凡庸な男は、ぼんやりとこちらを眺めているだけだった。
許嫁としてこの家に来た男は、自分が運命の番だとフェロモンで分かっているはずなのに、表情も変えずぼんやりとこちらを見ているだけだった。
オメガだということに嫌気がさしているのだろうか。彼の一族は極端にアルファが多い。
けれど、あまりにも何も変化の無い顔に思わず嫌味の一つも言ってやりたくなった。
「なんだ、男なのか。」
俺が第一性別を口にすると、俺の許嫁殿は仕方がないとも運命とも何も言わないでへらりと笑った。
「男で申し訳ないんですが、きちんと発情抑制剤も飲みますし、せめて俺の大学卒業まではこのままってことにしてくれるとありがたいです。」
へらりと笑う表情は明確な拒絶なのか。
運命の番という遺伝上のパートナーに対する拒絶なのか、それとも俺への拒絶の現れなのか。
それは判断できなかったが、それでも変化を何も望まない事だけは分かった。
そして、先ほどまで凡庸だと思えていた顔が浮かべた笑顔に、襲い掛かりたい様な欲求が沸くのが分かる。
もう逃げられないということを、言うべきか、言わざるべきか。
どちらでも結果は変わらない様な気がした。
けれど、まだ少年と言えなくもない年齢の許嫁が絶望する顔を見たくないと思ってしまったのだ。
今でなくとも別にいい。
未来は結局変わらない。変えさせはしない。
それであれば彼の望む通り“このまま”の生活を一日でも長くさせてやりたいと思ってしまった。
それはアルファの性(さが)と酷く乖離するものだと知っている。
だけど、どこか諦めた様に言う許嫁を見て自分が耐えさえすればいいのではないかと思ってしまったのだ。
◆
「お前、本当に馬鹿だよな。」
高校時代からの友人だった男が視線を一瞬こちらによこしてから言う。
それからグラスに注がれたウィスキーに口をつけていた。
アルファ同士ということで気楽に友人付き合いができるそいつは現在医師をしていて、許嫁の主治医を頼んでいた。
匂いに嫌悪感を感じる瞬間はあるもののそれをお互いに分かっている上に酷い衝動についても当たり前の事として知っている。それが楽なのだ。その上間違いが起こりにくい。
許嫁とのことを大丈夫と思えていたのは最初のうちだったので、引き受けてくれた友人には感謝をしている。
けれど最初呼び出したときはもしかして、自分の番(つがい)である許嫁にこいつが反応したらという不安はあったのだ。
けれど、こいつ辻川は、何の反応も示さなかった。
特異体質だということだった。
あいつの発情の匂いはほとんどのアルファには何の効果も無い。
それに心底安堵してしまった事だけは確かだ。
「俺の方でも一応説明してるし、学校で性教育もしてるだろうけど、あの子の場合あまりにも自分の事を分かってないからなあ。」
暗にお前がきちんと説明しろと言われていることは分かっていた。
けれど、明確に自分を拒絶しているも同然なのだ。説明できるとは思えないし、辻川に運命の番であるという説明はしていなかった。
別に運命の番なんてものに憧れは元々無かったしそれを辻川もよく知っていた。
だから、そもそも許嫁が俺の運命だとは思いもしないのだ。
項を噛んでしまえばさすがに分かるだろうが、あいつが特異体質なこともあって医師ですら気が付かないのかもしれない。
◆
俺の知らないアルファの匂いがして、目の奥で火花が散る様な怒りにかられた。
このオメガは、杉浦 蒼輝は俺のものなのだ。
普段は名前すら認識しようとしてはいなかった。その名を認識するだけで理性がチリチリと焼かれるようだ。
「……友人というのは、お前にべっとりと匂いをなすりつけたアルファのことか?」
自分の声が取り繕えてさえいないことは頭の片隅で分かっていた。
結局我慢などできはしないのだ。
それなのに、蒼輝は見当違いの事を話していた。
「俺とお前は、遺伝子上の運命の番ってやつだ。」
最初から分かり切っている事実を言葉にすると、蒼輝は驚愕の表情を浮かべた。
ああ、そうなのか。特異体質だと医者から説明されたがそういうことだったのか。
ようやく、今までの事を理解した。
それから、この運命でさえ判別できないオメガがほぼ唯一感じ取れるフェロモンが俺のものだということにも教えられた。
もはや頭の中にあるのは暴力的な衝動だけだった。
それなのに、俺の婚約者は、俺の運命は、あろう事か俺の体の心配なんぞしているのだ。
思わず彼の項に歯を当てていた。
まるでセックスで感極まった様な声をあげた番が、それだけで達してしまった事にはすぐ気が付いた。
けれど労わってやるようなことはできなかった。
それ以降の事は断片的にしか覚えてられてもいないのだ。
◆
自分の番を誰かに見せることに抵抗はあった。
けれど、番になってフェロモンの出方は明らかに変わっているうえに自分の番が特殊体質だということはきちんと理解していた。
仕方がなく呼び出した辻川は開口一番「ようやく、運命の人と番になれたのかい。おめでとう。」と言った。
俺が驚いて友人の顔を見る。
「そりゃあ、番の匂いがしなくたって分かるものは分かるさ。」
君の番の様子だって普通じゃないこと位気が付いていたに決まってるだろ。これでも医者なんだから。
そう言って笑われた。
「じゃあ、なんで。」
その事実を俺につきつけなかったのか。蒼輝に伝えなかったのか。
辻川は笑顔を浮かべた。
だって、不用意に伝えたら君たちの関係絶対にこじれるじゃないか。
そう前置きをしたのち辻川は言った。
「友達だからかな。
……まあ正直君からする匂いは不快そのものだけどね。」
それについては同感だった。
◆
「都竹さん、お帰りなさい。」
蒼輝に出迎えられて思わず抱きしめると、「急にどうしたんですか?」と聞かれる。
その表情が馬鹿のようなアルファ同士のあれこれを流し去ってくれた。
「いや、なんでもない。」
そう答えると蒼輝の髪を撫でた。
番は目を細めると幸せそうに笑った。
了
お題:都竹視点での想いや行動。安藤についてどう思っているのか。
目の前に立った自分の番らしき人間を初めて見た時に思ったことは、『人生なんてこんなもんだ。』ということだった。
凡庸な男は、ぼんやりとこちらを眺めているだけだった。
許嫁としてこの家に来た男は、自分が運命の番だとフェロモンで分かっているはずなのに、表情も変えずぼんやりとこちらを見ているだけだった。
オメガだということに嫌気がさしているのだろうか。彼の一族は極端にアルファが多い。
けれど、あまりにも何も変化の無い顔に思わず嫌味の一つも言ってやりたくなった。
「なんだ、男なのか。」
俺が第一性別を口にすると、俺の許嫁殿は仕方がないとも運命とも何も言わないでへらりと笑った。
「男で申し訳ないんですが、きちんと発情抑制剤も飲みますし、せめて俺の大学卒業まではこのままってことにしてくれるとありがたいです。」
へらりと笑う表情は明確な拒絶なのか。
運命の番という遺伝上のパートナーに対する拒絶なのか、それとも俺への拒絶の現れなのか。
それは判断できなかったが、それでも変化を何も望まない事だけは分かった。
そして、先ほどまで凡庸だと思えていた顔が浮かべた笑顔に、襲い掛かりたい様な欲求が沸くのが分かる。
もう逃げられないということを、言うべきか、言わざるべきか。
どちらでも結果は変わらない様な気がした。
けれど、まだ少年と言えなくもない年齢の許嫁が絶望する顔を見たくないと思ってしまったのだ。
今でなくとも別にいい。
未来は結局変わらない。変えさせはしない。
それであれば彼の望む通り“このまま”の生活を一日でも長くさせてやりたいと思ってしまった。
それはアルファの性(さが)と酷く乖離するものだと知っている。
だけど、どこか諦めた様に言う許嫁を見て自分が耐えさえすればいいのではないかと思ってしまったのだ。
◆
「お前、本当に馬鹿だよな。」
高校時代からの友人だった男が視線を一瞬こちらによこしてから言う。
それからグラスに注がれたウィスキーに口をつけていた。
アルファ同士ということで気楽に友人付き合いができるそいつは現在医師をしていて、許嫁の主治医を頼んでいた。
匂いに嫌悪感を感じる瞬間はあるもののそれをお互いに分かっている上に酷い衝動についても当たり前の事として知っている。それが楽なのだ。その上間違いが起こりにくい。
許嫁とのことを大丈夫と思えていたのは最初のうちだったので、引き受けてくれた友人には感謝をしている。
けれど最初呼び出したときはもしかして、自分の番(つがい)である許嫁にこいつが反応したらという不安はあったのだ。
けれど、こいつ辻川は、何の反応も示さなかった。
特異体質だということだった。
あいつの発情の匂いはほとんどのアルファには何の効果も無い。
それに心底安堵してしまった事だけは確かだ。
「俺の方でも一応説明してるし、学校で性教育もしてるだろうけど、あの子の場合あまりにも自分の事を分かってないからなあ。」
暗にお前がきちんと説明しろと言われていることは分かっていた。
けれど、明確に自分を拒絶しているも同然なのだ。説明できるとは思えないし、辻川に運命の番であるという説明はしていなかった。
別に運命の番なんてものに憧れは元々無かったしそれを辻川もよく知っていた。
だから、そもそも許嫁が俺の運命だとは思いもしないのだ。
項を噛んでしまえばさすがに分かるだろうが、あいつが特異体質なこともあって医師ですら気が付かないのかもしれない。
◆
俺の知らないアルファの匂いがして、目の奥で火花が散る様な怒りにかられた。
このオメガは、杉浦 蒼輝は俺のものなのだ。
普段は名前すら認識しようとしてはいなかった。その名を認識するだけで理性がチリチリと焼かれるようだ。
「……友人というのは、お前にべっとりと匂いをなすりつけたアルファのことか?」
自分の声が取り繕えてさえいないことは頭の片隅で分かっていた。
結局我慢などできはしないのだ。
それなのに、蒼輝は見当違いの事を話していた。
「俺とお前は、遺伝子上の運命の番ってやつだ。」
最初から分かり切っている事実を言葉にすると、蒼輝は驚愕の表情を浮かべた。
ああ、そうなのか。特異体質だと医者から説明されたがそういうことだったのか。
ようやく、今までの事を理解した。
それから、この運命でさえ判別できないオメガがほぼ唯一感じ取れるフェロモンが俺のものだということにも教えられた。
もはや頭の中にあるのは暴力的な衝動だけだった。
それなのに、俺の婚約者は、俺の運命は、あろう事か俺の体の心配なんぞしているのだ。
思わず彼の項に歯を当てていた。
まるでセックスで感極まった様な声をあげた番が、それだけで達してしまった事にはすぐ気が付いた。
けれど労わってやるようなことはできなかった。
それ以降の事は断片的にしか覚えてられてもいないのだ。
◆
自分の番を誰かに見せることに抵抗はあった。
けれど、番になってフェロモンの出方は明らかに変わっているうえに自分の番が特殊体質だということはきちんと理解していた。
仕方がなく呼び出した辻川は開口一番「ようやく、運命の人と番になれたのかい。おめでとう。」と言った。
俺が驚いて友人の顔を見る。
「そりゃあ、番の匂いがしなくたって分かるものは分かるさ。」
君の番の様子だって普通じゃないこと位気が付いていたに決まってるだろ。これでも医者なんだから。
そう言って笑われた。
「じゃあ、なんで。」
その事実を俺につきつけなかったのか。蒼輝に伝えなかったのか。
辻川は笑顔を浮かべた。
だって、不用意に伝えたら君たちの関係絶対にこじれるじゃないか。
そう前置きをしたのち辻川は言った。
「友達だからかな。
……まあ正直君からする匂いは不快そのものだけどね。」
それについては同感だった。
◆
「都竹さん、お帰りなさい。」
蒼輝に出迎えられて思わず抱きしめると、「急にどうしたんですか?」と聞かれる。
その表情が馬鹿のようなアルファ同士のあれこれを流し去ってくれた。
「いや、なんでもない。」
そう答えると蒼輝の髪を撫でた。
番は目を細めると幸せそうに笑った。
了
お題:都竹視点での想いや行動。安藤についてどう思っているのか。
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