明けの明星、宵の明星

渡辺 佐倉

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本編2

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共同生活といっても同じ敷地内に住んでいるというだけで、特に一緒に過ごす時間は無かった。
自分の部屋は都竹さんの自室がある棟とは同じではあったが、そもそも建物自体が大きいのだ。

時々、上流階級のパーティに二人で参加するという位で友人よりもなにも相手のことを知らない関係だった。

発情を抑制するための薬は高校に入学してすぐに飲み始めた。
時々酷くだるい日がある以外は、別に普通の生活だった。

オメガに多い華奢ではかなげな容姿をでない俺は、申告さえしなければベータに間違えられた。
だから、普通に、普通の生活を送り続けられるんじゃないかと淡い期待を持っていた。


けれど、その時は唐突に来てしまった。

建物の中はいくつかの部屋を除いて自由にしていいことになっていた。
それほど興味を引く部屋は無かったのだけれど、書斎には本が所狭しと並んでいてそこには時々行って読書をさせてもらっていた。

その日も丁度日曜日で何か本を読もうと書斎へ向かった。
けれども、その日に限って先客がいたのだ。

先客、都竹さんは書斎にある椅子にもたれて眠ってしまっていた。

そんな事は珍しかった。
その時初めて都竹さんの寝顔を見た位だ。

秋ももう深まっている。丁度着ていたカーディガンを脱いで都竹さんにかけた。
ふわりと、香りがした気がした。

それはチョコレートをもっとずっと甘ったるくした様な香りで、一瞬なんの匂いだか分からなかった。
しかし、それもつかの間ようやくその匂いの正体に気が付く。

都竹さんのフェロモンだと思いいたると、一歩ニ歩後ずさる。
体はすでに熱くなり始めている。

ゼイゼイと荒い息のまま、慌てて自室へ飛び込み、抑制剤を許容量いっぱいに飲み込む。
まだ、頭の奥がボーっとしている。

今まで、誰のフェロモンも感じた事は無かった。
誰かにオメガとして反応したことも無かった。


薬さえ飲んでいればベータと大して変わらないと信じていた。

けれど、現実は俺はどうしようも無くオメガで、都竹さんたちの様なアルファとは全く別の生き物だった。

胃の中の物全てを吐いてしまいたいのに、それもままならない。
都竹さんは単なる家同士の決めた相手で、お互いに想いなんてものは何も無い。
そういう関係じゃなければいけないのだ。

都竹さんの匂いを忘れたくて、それでも忘れられそうになくて、自分がオメガであるという事実を突きつけられて、体の熱を碌に覚ます事もできないまま、ただただベッドの上でうずくまっていた。

今まで、発情期は予定通り3ヶ月に一回来ていたし、抑制剤で日常生活可能な程度に抑えられていた。
自分からフェロモンを出す事も無かったし、オメガといってもそれにあまり振り回されないタイプなんだろうと高を括っていた。

それがこの様だ。
抑制剤を飲んでも焼け石に水で、思い出すのは先程までの都竹さんの匂いのことばかり。
脳みそは芯からボーっとしている。

酷く喉が渇いている気がした。

自分の荒い息だけが耳障りで、それをかき消すように少しずつ心臓の音が大きく聞こえる。

ひたすら、ただひたすらその感覚から逃げ出したくてうずくまる。

ガチャと音がしてノックも無くドアが開く。
何とか頭を上げたその先に居たのは都竹さんだった。

この家でノックなしでドアを開けていい権限を持っているのは都竹さんただ一人だ。
だから、当たり前のことなのに、今、この姿を見られたくは無かった。

発情して頭が馬鹿みたいになりかかっている自分とそれを見ても眉ひとつ動かさない都竹さん。
いかに自分が浅ましい生き物か思い知らされる様で嫌だった。
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