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呪いの形

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 邪悪な魔法使いを死刑にすると聞いた。
 明朝、塔から処刑場に移されるらしい。
 観念したのか、魔法使いは抵抗する様子も見せないと聞いた。
 野茨はなんとかそれまでに彼に会わなければならない気がした。
 王のまつりごとに口を出す立場ではない。
 けれど……。
 夜露のことを悪しざまに言う侍従たちにうんざりしながら、野茨はため息をつく。
 その日の夜は警護が厳しくて部屋を抜け出すことができなかった。
 野茨の部屋は厳重に警備が敷かれて、外に出ようとすると王の指示らしくやんわりと部屋に戻されてしまう。
 せめてもう一度王に直談判をと言っても誰もとりあってはくれなかった。

 翌朝。
 朝というにはまだ早い時間だ。
 空が白むまでにもまだ少しだけ時間がある。
 窓から部屋を抜け出した野茨は物々しい集団と出くわしてしまう。

 父と大臣とそれから屈強な騎士。それらに引きずられる様に歩く夜露。
 その集団に食って掛かるように叫ぶ紅玉と呼ばれる魔法使いがいた。
 伝えられた処刑時間は早朝だと言われていたが予定が早まったらしい。
 野茨に気が付かれないうちにすべてを終わらせるつもりだったのかもしれない。
「夜露!!」
 彼の姿を見た瞬間、思わず野茨は名前を呼んで駆け寄ってしまう。
「陛下!これは間違っております!」
 紅玉が叫んでいる。
「この魔法使いは救国の英雄です。
戦争からこの国を救ったのは彼です。
今でも迷いの森はこの国を救い続けております!」
 王様が歯ぎしりをするように歯を食いしばる。
 そんな風にする父を見るのは野茨には初めてだった。
 父はいつも威厳がある王だった。
 野茨を疎んでいるところはあったけれど、王としては尊敬できる人間だと信じていた。
「その英雄に、褒賞を惜しんだのは陛下です!
対価のない魔法は必ず願いを叶えたかったものに返ります!
彼にはどうしようもない事でした!」
 紅玉の叫びでようやく野茨はことの次第を悟る。
 優しい、優しい魔法使い。
 自分を陥れた国を引き継ぐべき人間にその事実を伝えることすらできない、優しい夜露。野茨に呪いが降りかかったのは彼の所為ではないのに。彼は悪い魔法使いなんかじゃないのに。
 野茨は夜露にとって恨みの対象の一人のはずじゃないか。
 恩知らずの国の王族の一人が野茨なのに彼はいつも優しく野茨を迎え入れてくれた。
 それなのに、そのことを一度も口にせず、野茨が父親や母親や弟の話を笑顔で聞いてくれていた。

 その優しさも、黒い瞳も、控えめに笑う顔も、本を読むときのページをめくる指も、初めて自分を見た時にくしゃくしゃに歪めた顔も、何もかもが自分のものだと思った。
 すべて野茨のものにしたいと思った。
 彼の抱えるものであればすべてが欲しいと思った。
 いいものも悪いものも何もかも彼のすべてを自分のものにしてしまいたい。
 それこそ、呪いだろうがなんだろうが。
 その時初めて深く野茨はそう思ったのだ。
 この人の全てが欲しいという感情が何か、野茨はすぐに気が付いた。
「ああ、そういうことか。
……俺に呪いをくれてありがとう」
 野茨は夜露に向かってそう言う。
 それから、野茨が夜露に顔を近づけて耳元で囁く。
「あなたの呪いで時が止まってしまうなら本望だ」
 野茨の瞳が自然に閉じる。
 夜露の瞳が驚愕に見開いた。
 どこからあらわれたのか茨の蔓が、野茨を包む様に伸びる。
 茨の棘が夜露にも刺さる。
 夜露にも絡まるように伸びていく茨は、へたりこんだ夜露と倒れ込んだ野茨を囲むように成長して、そして止まった。
 茨は紅玉のかけてくれた魔法の通り野茨を守っている様に見える。
 ついに美しい、誰からも愛される王子への呪いが発動してしまったことをその場にいたすべての人が実感するのに時間はかからなかった。
 恐れていた呪いがついに形になってしまった。
 愛する人と結ばれなければとけることのない呪いが。
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