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本編9
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安藤さんは安藤紘孝《あんどうひろたか》というらしい。
メッセージアプリのIDを交換してその日は一旦クラブに戻ってから自宅まで送ってもらった。
安藤さんは入院すると聞いて、申し訳ない気持ちになる。
「義理姉の件の時、抑制剤を無駄に飲みまくった所為だから自業自得なんだよ
雪君は関係ない」
そう言って安藤さんは笑った。
付き添いに来た安藤さんの友人の方たちに送られて荷物を取って家に帰る。
付き添いの都築さんを見たクラブの店長が恐縮したように頭を下げていたのが印象的だった。
この人が有名な人なのかは良く知らない。
だけど、うっすらといつも通りの吐き気がするから俺はいつも通り何も変わっていないのだろう。
ひとりで帰り着いたアパートは真っ暗でドアがばたんとしまった瞬間、視覚以外の感覚が一瞬強まったみたいに感じる。
あの人の匂いが、残り香がした気がした。
こんなことは初めてだった。
香水がキツイお客さんも、吐き気をもよおすようなアルファの匂いをべったりと張り付けたお客さんも今までいた。
だけど、こんな風に一人の家に帰ってきて、残り香がしてそれで気持ちが揺れるようなことは一回も無かった。
深夜だけれどシャワーを浴びてから寝よう。
そうしないと体に残っている気がする匂いで、情緒不安定になりそうだ。
それが安藤さんの言うところの獣の証なのか、人間としての恋愛感情ってやつがようやく芽生えたのかは知らない。
どちらにせよそんな事をしている余裕は自分にはないと思っていた。
◆
安藤さんからは翌日すぐにメッセージが来た。
直接会わなければ本能なんて関係ないでしょ。と言って、お互いの事をぽつぽつと送り合った。
彼が数日後退院してからは時々通話もするようになった。
低くて穏やかな声は安心する。
ただ、事故の様に知り合っただけの人間に優しくしてくれるなんて思わなかった。
何でですか?と聞いたことは無い。
獣にはなりたくないと言った安藤さんに、『本能だから』とは言わせたくなかった。
運命についてなんてベータの時は考えた事すらなかった。
運命はヒーロー漫画に出てくる、運命を切り開くんだ!というセリフだけの世界の物だった。
大学の図書館で本を借りて調べた。
オメガについて発情以外の事を調べたことは無かった。
子供は出来ないと言われていた。
自分に関係あることは、自分が発情しない事と人が発情しない事だけだと思っていた。
運命については、あくまでも仮説として、フェロモンの相性が極端に良いアルファとオメガがお互いをそう思うらしく、その二人が番になれば他の人間のフェロモンを極端に感じにくくなるし、自分のフェロモンも番以外は感じにくくなる。
へえ。
便利なのかもしれないと思ったけれど、それは一般的な番でも一緒だろう。
狂おしい位に手をのばしたくなると書かれている本もあったけれど、少なくとも俺はそうはならない。
それにほとんどのアルファもオメガも、その瞬間は来ないのが実情らしい。
運命はあり得ない位に珍しい。
別に安藤さんも狂ってはいなかった様に思える。
それは俺が完全なオメガではないからかはよく分からなかった。
医者に聞いたら教えてくれるだろうか。
それとも安藤さんに聞いたら教えてくれるだろうか。
メッセージアプリのIDを交換してその日は一旦クラブに戻ってから自宅まで送ってもらった。
安藤さんは入院すると聞いて、申し訳ない気持ちになる。
「義理姉の件の時、抑制剤を無駄に飲みまくった所為だから自業自得なんだよ
雪君は関係ない」
そう言って安藤さんは笑った。
付き添いに来た安藤さんの友人の方たちに送られて荷物を取って家に帰る。
付き添いの都築さんを見たクラブの店長が恐縮したように頭を下げていたのが印象的だった。
この人が有名な人なのかは良く知らない。
だけど、うっすらといつも通りの吐き気がするから俺はいつも通り何も変わっていないのだろう。
ひとりで帰り着いたアパートは真っ暗でドアがばたんとしまった瞬間、視覚以外の感覚が一瞬強まったみたいに感じる。
あの人の匂いが、残り香がした気がした。
こんなことは初めてだった。
香水がキツイお客さんも、吐き気をもよおすようなアルファの匂いをべったりと張り付けたお客さんも今までいた。
だけど、こんな風に一人の家に帰ってきて、残り香がしてそれで気持ちが揺れるようなことは一回も無かった。
深夜だけれどシャワーを浴びてから寝よう。
そうしないと体に残っている気がする匂いで、情緒不安定になりそうだ。
それが安藤さんの言うところの獣の証なのか、人間としての恋愛感情ってやつがようやく芽生えたのかは知らない。
どちらにせよそんな事をしている余裕は自分にはないと思っていた。
◆
安藤さんからは翌日すぐにメッセージが来た。
直接会わなければ本能なんて関係ないでしょ。と言って、お互いの事をぽつぽつと送り合った。
彼が数日後退院してからは時々通話もするようになった。
低くて穏やかな声は安心する。
ただ、事故の様に知り合っただけの人間に優しくしてくれるなんて思わなかった。
何でですか?と聞いたことは無い。
獣にはなりたくないと言った安藤さんに、『本能だから』とは言わせたくなかった。
運命についてなんてベータの時は考えた事すらなかった。
運命はヒーロー漫画に出てくる、運命を切り開くんだ!というセリフだけの世界の物だった。
大学の図書館で本を借りて調べた。
オメガについて発情以外の事を調べたことは無かった。
子供は出来ないと言われていた。
自分に関係あることは、自分が発情しない事と人が発情しない事だけだと思っていた。
運命については、あくまでも仮説として、フェロモンの相性が極端に良いアルファとオメガがお互いをそう思うらしく、その二人が番になれば他の人間のフェロモンを極端に感じにくくなるし、自分のフェロモンも番以外は感じにくくなる。
へえ。
便利なのかもしれないと思ったけれど、それは一般的な番でも一緒だろう。
狂おしい位に手をのばしたくなると書かれている本もあったけれど、少なくとも俺はそうはならない。
それにほとんどのアルファもオメガも、その瞬間は来ないのが実情らしい。
運命はあり得ない位に珍しい。
別に安藤さんも狂ってはいなかった様に思える。
それは俺が完全なオメガではないからかはよく分からなかった。
医者に聞いたら教えてくれるだろうか。
それとも安藤さんに聞いたら教えてくれるだろうか。
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