思い出レストラン

渡辺 佐倉

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「ごめんなさい。おかあさん。」
「いいのよ。私こそ強く言ってごめんね美和。」

涙を流しながら二人でチャーハンを食べている二人を老婆は優し気な顔で見ている。もう黒い何かは春田の目には見えなかった。

「おじちゃん達もありがとう。」

美和は葬儀屋と春田に頭を下げた。

「でも、おばあちゃんが作ってくれたチャーハンの方がもっと美味しかったんだからね。」

二人は顔を見合わせて笑った。
美和も涙を浮かべながら笑った。

老婆も笑っていた。




「正直、この焼き飯美味しいか?」

誰もいない深夜の事務所で春田が葬儀屋に聞く。
老婆はもう春田のそばにはいなかった。
行くべき場所へと行く準備をするのだろう。

葬儀屋は春田から無言で皿を取るとそのまま盛られたチャーハンを黙々と食べきる。

「美味いかまずいかなら普通に美味いだろ。
まあ、普段のお前飯の方が俺には美味く感じるけどね。」

皿を置いた葬儀屋は手を合わせると「ごちそうさま。」と静かに言った。

「まあ、普通に美味しいよ。」

味覚音痴の俺に聞くなよ。と葬儀屋は笑った。
といっても顔は相変わらず無表情で声だけなのだが。

「美味しいことが一番だと思うんだけどなあ。」

ぼやく様に春田が言う。

「でもあの母子にとってはこれが一番美味しいんだよ。」

葬儀屋が静かに、優しく言う。

「そんなもんかなあ。」
「そんなもんだろうね。」

だけど、葬儀屋が言う。

「人に喜んでもらえる料理を作るっていうのは案外やりがいがあるだろ?」

春田は何も答えなかった。
実際作ったのは春田じゃなくて老婆だ。明日はいつも通りであれば謎の筋肉痛に悩まされることになるが、それでも作ったのは春田じゃないのだから喜ばれたのも春田が理由じゃないと春田は考える。

「また、よろしく頼むな。」

そんな春田の気持ちを知っているのかいないのか、葬儀屋はそんな事を言う。葬儀屋と巻き込まれてしまった案件はこれが初めてじゃなかったし、きっとこれが終わりでもないだろう。

春田は何も答えないで立ち上がる。

「ああそうだ。これの支払いはツケで。」

皿を岡持ちに戻しながら葬儀屋は不格好な笑みでそう言った。

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