思い出レストラン

渡辺 佐倉

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「で、そのお婆さんは何て言ってるの?」

事務用の安っぽい椅子に座って葬儀屋に聞かれる。

「さあ、まだ何にも聞いてないし、一々関わり合いになりたくないんだよ。」

大体死んだ人間にかかわったって良い事はあまり無い。

「お前みたいに死んでる人間相手にする商売じゃないんだ。」
「いやだなあ。葬儀っていうのは生きてる人間の為にやるんだよ。」

あはは、と声を出して笑うのに表情筋はほとんど機能しておらず無表情のままだ。けれどそれは昔からのことだから春田にとっては慣れていた。

春田は大きく息を吐いて、それから幽霊なのだろう老婆に話しかける。

「何か俺にご用ですか?」

霊に見えていることが気づかれるとまずいと言うのはおおむね嘘だと春田は思っている。
その話を知っていて強く思いこんでいるのなら話は別なのかもしれないが、目があったなんてアイドルのコンサートに参加した人間なら皆言っている。その位適当なものなのだ。

もごもごと老婆が話始める。もう声帯も何もないのでどういう仕組みで話しているのかは分からない。けれど、口の動きと声が微妙に合っていなくて気持ちが悪い。

「……いや、だからね、孫の美和がね、これがねえ反抗期ってやつなのかしらねえ。」

大体において幽霊ってやつの話には脈略が無い。
これは長くなりそうだと思いながらぼんやりと話を聞く。

老婆は自分が生きているかの様に話ながら、自分がすでに成仏しているかの様に話す。
実際春田には成仏という概念が実在するのかさえも知らないから単にこの老婆がそう思っているだけなのかは分からない。
ひたすら世間話を聞きながらそんな的外れな話をずっと春田は考えていた。
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