6 / 24
蝶
しおりを挟む
言葉を形として書き記すことで言霊としている人々がいるという事は知識では知っていました。
お役所の入り口のところに貼られている書が、言霊として意味を持っていることも。
式と呼ばれる紙に文字が書かれた人形を飛ばすことができることも。
それでも、その人と直接関わったことは無かったのです。
視線を室内にある文字に向けると、それはおびただしい量で、文字もはっきりと書かれているものとそれ以外の物があることが分かります。
「書に、興味がありますか?」
あまりにぶしつけに中を覗いてしまっただろうか。
義直さんに言われて、思わず彼の顔を見る。
「利き腕を失ってしまったので今左手の訓練中ですので、散らかっていますが」
たどたどしく書かれた文字は、この人の努力の証なのでしょうか。
はくはくと唇を二度三度震わせる。
声は相変わらず何も出ない。
「どうしました?」
義直さんが不思議そうに私に尋ねました。
私は義直さんの左手をとると、てのひらに「ことだま」と指でなぞりました。
「ああ」
義直さんは私の聞きたいことが分かったのか頷きます。
帯の隙間から小さ目のオリガミ位の紙と、不思議な形をした筆を取り出して、私にその真っ白な紙を渡しました。
「掌《てのひら》の上にその紙を置いてじっとしていてください」
左手に筆を持った義直さんに言われて頷く。
筆の先が墨色に滲んだ気がした。
それから、義直さんは手慣れた様子で白い紙に『蝶』という文字を書いた。
墨は一瞬滲んだ様になって、それからすうっと消えてしまった。
真っ白になった紙を見つめたあと義直さんの顔に視線を戻す。
義直さんが目を細めて笑った。
くしゃり。
紙の擦れる様な音が聞こえて掌に視線を戻すと、紙が勝手にくるりとねじる様に形を変えている。
真ん中をつねるみたいにひねって、蝶と言えばそういう形。
驚いて息を吐きだそうとした瞬間でした。
ひらり。
その紙が羽ばたき始めました。
パタパタとし始めた紙はそのままふわふわと私の周りを飛び始めました。
「今はまだ、こんな手妻みたいなことしかできませんが」
手品の一種に扇で蝶を飛ばすものがあったことを思い出す。
ふわり、ふわりと蝶は少しぎこちなく飛んでいる。
そのぎこちない様子が愛らしくて、思わず微笑んでしまう。
それに、私のためにわざわざこれを見せてくださったことが嬉しくて、両の手で義直さんの筆を持ったままの手をに握る。
「喜んでくれたみたいで何よりだ」
笑った義直さんの笑顔はどこか辛そうで、どうしたらいいのか分からなくなる。
何もできないでいると、ひらひらと飛ぶ蝶の下に、義直さんが掌を差し出す。
ぽとりと落ちた蝶はまた普通の紙に戻ってしまった様でした。
お役所の入り口のところに貼られている書が、言霊として意味を持っていることも。
式と呼ばれる紙に文字が書かれた人形を飛ばすことができることも。
それでも、その人と直接関わったことは無かったのです。
視線を室内にある文字に向けると、それはおびただしい量で、文字もはっきりと書かれているものとそれ以外の物があることが分かります。
「書に、興味がありますか?」
あまりにぶしつけに中を覗いてしまっただろうか。
義直さんに言われて、思わず彼の顔を見る。
「利き腕を失ってしまったので今左手の訓練中ですので、散らかっていますが」
たどたどしく書かれた文字は、この人の努力の証なのでしょうか。
はくはくと唇を二度三度震わせる。
声は相変わらず何も出ない。
「どうしました?」
義直さんが不思議そうに私に尋ねました。
私は義直さんの左手をとると、てのひらに「ことだま」と指でなぞりました。
「ああ」
義直さんは私の聞きたいことが分かったのか頷きます。
帯の隙間から小さ目のオリガミ位の紙と、不思議な形をした筆を取り出して、私にその真っ白な紙を渡しました。
「掌《てのひら》の上にその紙を置いてじっとしていてください」
左手に筆を持った義直さんに言われて頷く。
筆の先が墨色に滲んだ気がした。
それから、義直さんは手慣れた様子で白い紙に『蝶』という文字を書いた。
墨は一瞬滲んだ様になって、それからすうっと消えてしまった。
真っ白になった紙を見つめたあと義直さんの顔に視線を戻す。
義直さんが目を細めて笑った。
くしゃり。
紙の擦れる様な音が聞こえて掌に視線を戻すと、紙が勝手にくるりとねじる様に形を変えている。
真ん中をつねるみたいにひねって、蝶と言えばそういう形。
驚いて息を吐きだそうとした瞬間でした。
ひらり。
その紙が羽ばたき始めました。
パタパタとし始めた紙はそのままふわふわと私の周りを飛び始めました。
「今はまだ、こんな手妻みたいなことしかできませんが」
手品の一種に扇で蝶を飛ばすものがあったことを思い出す。
ふわり、ふわりと蝶は少しぎこちなく飛んでいる。
そのぎこちない様子が愛らしくて、思わず微笑んでしまう。
それに、私のためにわざわざこれを見せてくださったことが嬉しくて、両の手で義直さんの筆を持ったままの手をに握る。
「喜んでくれたみたいで何よりだ」
笑った義直さんの笑顔はどこか辛そうで、どうしたらいいのか分からなくなる。
何もできないでいると、ひらひらと飛ぶ蝶の下に、義直さんが掌を差し出す。
ぽとりと落ちた蝶はまた普通の紙に戻ってしまった様でした。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。
Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。
彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。
そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。
この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。
その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる