言の葉は、君のうたと

渡辺 佐倉

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言葉を形として書き記すことで言霊としている人々がいるという事は知識では知っていました。

お役所の入り口のところに貼られている書が、言霊として意味を持っていることも。
式と呼ばれる紙に文字が書かれた人形を飛ばすことができることも。


それでも、その人と直接関わったことは無かったのです。


視線を室内にある文字に向けると、それはおびただしい量で、文字もはっきりと書かれているものとそれ以外の物があることが分かります。


「書に、興味がありますか?」

あまりにぶしつけに中を覗いてしまっただろうか。
義直さんに言われて、思わず彼の顔を見る。

「利き腕を失ってしまったので今左手の訓練中ですので、散らかっていますが」

たどたどしく書かれた文字は、この人の努力の証なのでしょうか。

はくはくと唇を二度三度震わせる。
声は相変わらず何も出ない。

「どうしました?」

義直さんが不思議そうに私に尋ねました。
私は義直さんの左手をとると、てのひらに「ことだま」と指でなぞりました。

「ああ」

義直さんは私の聞きたいことが分かったのか頷きます。

帯の隙間から小さ目のオリガミ位の紙と、不思議な形をした筆を取り出して、私にその真っ白な紙を渡しました。

「掌《てのひら》の上にその紙を置いてじっとしていてください」

左手に筆を持った義直さんに言われて頷く。

筆の先が墨色に滲んだ気がした。
それから、義直さんは手慣れた様子で白い紙に『蝶』という文字を書いた。

墨は一瞬滲んだ様になって、それからすうっと消えてしまった。

真っ白になった紙を見つめたあと義直さんの顔に視線を戻す。

義直さんが目を細めて笑った。

くしゃり。

紙の擦れる様な音が聞こえて掌に視線を戻すと、紙が勝手にくるりとねじる様に形を変えている。
真ん中をつねるみたいにひねって、蝶と言えばそういう形。

驚いて息を吐きだそうとした瞬間でした。

ひらり。
その紙が羽ばたき始めました。

パタパタとし始めた紙はそのままふわふわと私の周りを飛び始めました。

「今はまだ、こんな手妻みたいなことしかできませんが」

手品の一種に扇で蝶を飛ばすものがあったことを思い出す。
ふわり、ふわりと蝶は少しぎこちなく飛んでいる。

そのぎこちない様子が愛らしくて、思わず微笑んでしまう。

それに、私のためにわざわざこれを見せてくださったことが嬉しくて、両の手で義直さんの筆を持ったままの手をに握る。

「喜んでくれたみたいで何よりだ」

笑った義直さんの笑顔はどこか辛そうで、どうしたらいいのか分からなくなる。
何もできないでいると、ひらひらと飛ぶ蝶の下に、義直さんが掌を差し出す。

ぽとりと落ちた蝶はまた普通の紙に戻ってしまった様でした。

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