言霊の國

渡辺 佐倉

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桜3

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「墨の花が咲く、とそこには書かれているのか?」

日記をのぞき込みながら騎士が言う。
目を細めた姿は、疑ってかかっている様だった。

ごまかしは効かないし、そういう腹芸は専門家では無いのだ。
アラタは、はあとため息をついた後、騎士を見た。

「言霊っていうのは元々は類感呪術のたぐいだったんだけど、ある時革命が起きた」

それがこれだ――

ひらりと舞う桜についての記述は日記には無い。
けれど術としてそれを発動すると桜が舞う。

同じ世界から召喚されているのかを確認するための歌舞伎の演目になぞらえたそれを知っているものが来ることを祈ったのだろうか。
それとも、文字の力を発現させる言霊使いは、基本的に幼少の頃、文字が躍る。

それを伝えたかったのだろうか。

「類感呪術?」

聞きなれない言葉なのだろう。聞き返される。

「関連することを模倣することで発動するまじないのことや。
類似することはお互いに作用しあうっていう理論」

例えば『座れ』って言葉と、実際に座るという言葉が結びついているとか、剣と書かれたものは剣と同じ動きを模倣する。

そういうものが言霊だった。

「例えばこの国の言葉でこの紙に蝶と書く」

アラタはポケットから小さな紙切れを取り出して、つたない文字で蝶をあらわす言葉を書いた。
その紙切れは不格好な動きながら羽ばたき始める。

「これが本来の力や」

彼は瞠目していた。
神の奇跡には程遠い、その紙が蝶の様にふわふわと舞うのを目で追っている。

「無病息災とでも書いて、貼っておけばそれに現実が近づこうとする」

そういうことが過去行われていて、そのために今までも誰かを召喚していた。
アラタはそう考えていた。

「それで、充分だろう。何故あなたはその義務を拒絶するんだ」

睨みつけられる様に言われる。

「言霊は命を削らないと使えないからや」

誰かを育成するにしても、その覚悟が無いものを巻き込むことはできない。

「何故使い捨てのチラシの裏みたいな扱いされなあかんねん。
それに、世界を救うのは技術や。
個人の資質頼みで世界は絶対に変わらない」

アラタは騎士を睨み返した。

それから、もう一度桜の大木を見る。

「けど、これは革命後のこれだけの術を組め言霊使いでも世界は変えられなかったっちゅうことや」

一筋縄ではいかないかもしれないなあ。とアラタはぽつりと言った後、荷物をまとめ始めた。

「な、なにをしているんだ」

余韻も糞もあった物ではない。
世界に滲む様にして消えていく桜を見終えてすぐに荷物をまとめた新たに騎士が聞いた。

「あの家に戻っても、もう監視が付いてどうにもならないだろうし、ちょっとこの世界の観測をしようかなあと」

アラタは言う。

「それに、そっちの二人の結びつき方。ちょっとおかしいやん」

信仰によって霊の代替は効く。それは常識だ。
けれどその結びつきが異様なのだ。

「まだわかっていない事があるのであれば、今まで通り我が国でやればいいだろう!」

怒鳴る様に騎士が言う。
怒鳴られる謂れはない。

「だから、どう考えても、活動がしにくくなるだろ?」

低く淡々とした声でアラタが返す。

「であれば、俺と婚姻を結べばいい」

はっきりと騎士は言った。

「は?」

初めてアラタの口から素っ頓狂な声が出た。

「騎士は各地を巡ることは普通だし伴侶を帯同することもある。
それに、俺の屋敷は防衛上の理由で王族ですら基本的に踏み入れない」

誰にも邪魔されない研究場所と、世界を視察するための理由と金を提供する。そう騎士は言っていた。

「御子だという事は言わなくてもいい。
儀式も何も、お前が不要だと思うものはすべて切り捨てて構わない。
仕組みを変えることでしかこの世界が救われないと言うなら、その仕組みを変えればい」

まっすぐな瞳がアラタを見つめた。 
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