言霊の國

渡辺 佐倉

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蟲2

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「これが、蟲……」

影の様に輪郭がぼんやりとしている、直径30センチ強の生き物をリツは知っていた。

これはリツたちの世界にもいる。
言霊使いが高校の授業で駆除することもあるそれは、リツ達の世界では、蜘蛛と呼ばれていた。

虫の蜘蛛に似た足と形でぞわぞわと動きまわる姿は普通に気持ち悪い。
放っておくと、あたり一帯をなんでも食い散らかす上に、人間にも寄生する。

生き物ではないとリツの世界では教わる。
言葉から出たのろいの形。

「……寄生された人は、どうやって治しているんですか?」

リツはこの春医学を学び始めたばかりだ。
言霊の力が無くても蜘蛛を退治することはできるだろう。
かなりの労力がかかるだろうが、可能なのかもしれない。

けれど、もしこの真っ黒な墨を塗りこめた様なあれが、人に襲い掛かって寄生されたら。
言霊の力もなく引きはがす方法をリツは知らない。

弓を射て、何度も何度も蟲を貫きそれでも動きまわるそれから、逃げまどいながら剣で切り裂く。
何をしても消える様子の無い、蟲と戦う兵士を遠目で見てリツはため息をついた。

地面すれすれを飛ぶドラゴンが開けた場所に降り立つ。

ベルトを外してもらって降りると、鬼気迫る表情でウィリアムがリツに聞いた。

「蟲に喰われた人を直す方法が言葉の国にはあるのか!!」

肩をつかまれて聞かれる。
方法はある。

けれど、実際にそれができるかというと、リツの今の力では難しい。
科学の発展で力の使い道があっただけで、ここではほぼ何もできないのが悔しい。

「他国と同盟を結べば可能性があるって事だな」

察しがいいのか、ウィリアムはそう言った。

「はい」

道具がそろえば可能だとリツは思った。
一人で手術をしたことは無いが、応急処置位であれば何度もしたことがある。

「そうか」

ウィリアムは初めてまともに笑った様に見えた。
社交辞令ではないその笑みは安堵が混じっている。

精悍な顔つきが笑うと優し気になる。

リツは思わず、あっ、と声を出してしまった。

「どうした?」

貴方の笑みに一瞬見とれてしまいました。なんて言えやしない。

「今すぐの治療は難しいですが、あれを退治することはできます」

あの数であれば可能だ。
寄生された人間がいそうなので実際、蟲はもっと沢山いるのだろうが先ほど目視した程度であればリツでも倒せる。

「近くまで連れて行ってくださいますか?」
「連れて行ってどうする? 蟲に死ねと言えば死ぬのか?」
「まあ、似たようなものです。
鎮護詞《イハヒゴト》を奉ってあれを祓います」

ウィリアムはリツと似た言葉を話している。
だから、という訳ではないが恐らくきちんと効果があるだろう。

外国の蜘蛛には『塵は塵に』と言えば効くという話も授業の余談で聞いた気がするけれど、鎮護詞が充分に通用するとも同時に言われていた。

本当にあれが蜘蛛と同じものならば。
リツはここまで自分を運んでくれたドラゴンに視線を移す。

「声が届く範囲まで私が連れて行きます」

無理だと分かったら即退いてください。
そう言われて頷いた。

実際には、もう少し離れていても問題は無かったのだけれど、それは口に出さなかった。

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