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赤羽という男は将来を嘱望されている画家らしい。
画家と高校生の二足の草鞋の生活をより充実したいという希望でこの高校に通うようになったらしい。
事実、留年をした自分の編入もかなった訳だからなんとも言い難い。
けれど、自宅に戻ってパソコンを立ち上げて、検索して出てきた数年前の天才少年赤羽右京を見て、どうしようも無い気分になる。
灯りをつけ忘れた部屋でパソコンの中に写る赤羽ははにかんで可愛らしい笑顔を浮かべている。
今の雰囲気とまるで違うのは、成長したからだけではない。
そんな事別に友人ではない自分にも分かる。
劇的な変化だった。
それが、自分の所為だと思うのは一種傲慢な事だろうか。
言葉にならないけれど、叫びだしたい気分だ。吐き気がする。
自分が、赤羽の穏やかで幸せな未来を奪ったのかもしれないという確信にどうしようもない気分になる。
恨んでもらえた方がいいのかもしれない。罵ってもらった方がいいのかもしれない。
けれど、そのどれでもなく、むせかえる様な「愛しているんだ。」という言葉はそのどちらでも無かった。
だから、こんなに気になっているのだ。
そうに決まっている。
けれど、同時にもしも彼が元に戻れるのならと考えてしまう。
だって、俺の歌を聞いた人間の中で、彼はまだ生きているのだ。
だから、もしかしてまだやり直しができるんじゃないかと思う。
償いができるのではないかと思ってしまう。
◆
翌日学校へ行くと、俺は美術部への入部届を出したということになっていた。
全くそんな覚えは無かったけれど、俺から届けを受け取ったという赤羽が顧問の先生に出したらしい。
多分きっと、赤羽が勝手に出したのだろう。
理由が分からない。
別に図工の授業以外で絵を描いたことなんか無かった。
確認に来たという先生に、間違いだと伝えたのに冗談だと思ったのか取り合ってはもらえない。
仕方が無く、放課後美術室へ向かう。
薄暗く埃っぽい美術室の奥の方で赤羽がキャンバスに向っている。
そこに描かれているのは鳥だろうか。
人の様にも見えるけれど、なんだかよく分からない。
声をかけるということが出来ないけれど、赤羽は集中しているのかこちらには気が付かない。
肩をたたけばいいだろうか。それとも帰ってしまおうか。
強制されているとはいえ、部活は単位とは関係ないのだ。
けれど、美しい絵だと思った。
何を描いてあるのかさえよく分からないのに、とても美しい絵だと思った。
それに……。
キャンバスにむかっている赤羽は生来の整った顔立ちもあって彼自身もまるで芸術作品の様だ。
ただ、首や手の甲に見えるケロイドが痛々しくて、その原因が自分だという事だけが彼の汚点の様に見える。
やはり帰るべきだ。
そう思って美術室の扉をもう一度開ける。
先ほどはしなかったガラガラという大きな音がする。
その音で赤羽がこちらを見る。
「ああ、きたんだね。
ようこそ美術部へ。」
と言っても、部員は俺と君だけだ。
相変わらずべっとりとした笑顔を浮かべて赤羽はこちらを見る。
ああやっぱり、入部の件は赤羽がやったのかと思う。
仕方が無く、彼のところまで近づく。
――俺、絵なんて描けないよ
メモに走り書きをして見せる。
「そんなものはどうでもいいよ。
何ならモデルになってくれればうれしいし、そうだな、君の肌に何かを描くのもいいかもしれない。」
そんなことを赤羽は言う。
冗談の様には見えない。
こちらをじっと見据える様な視線が怖い。
「それとも、俺のために歌ってくれるかい?」
絵なんか描かなくても歌ってくれるのならそっちの方がいいなあ。
赤羽は「なあ、真白。本当は声出るんだろう?」と言って笑みを深めた。
俺はどうしたらいいのか分からなくて、筆談用のペンを持つ手が震える。
「なーんて。
君が歌いたいときに歌えばいいさ。
だけど次も願わくば俺の為だけに歌ってくれることを祈ってるよ。」
赤羽はおかしい。
前だって別に赤羽のために歌った訳じゃない。
それに、死ぬかもしれない歌を聞きたいなんて可笑しい事なのに。それを望みの様に言う赤羽を見てただ、呆然とするしかなかった。
画家と高校生の二足の草鞋の生活をより充実したいという希望でこの高校に通うようになったらしい。
事実、留年をした自分の編入もかなった訳だからなんとも言い難い。
けれど、自宅に戻ってパソコンを立ち上げて、検索して出てきた数年前の天才少年赤羽右京を見て、どうしようも無い気分になる。
灯りをつけ忘れた部屋でパソコンの中に写る赤羽ははにかんで可愛らしい笑顔を浮かべている。
今の雰囲気とまるで違うのは、成長したからだけではない。
そんな事別に友人ではない自分にも分かる。
劇的な変化だった。
それが、自分の所為だと思うのは一種傲慢な事だろうか。
言葉にならないけれど、叫びだしたい気分だ。吐き気がする。
自分が、赤羽の穏やかで幸せな未来を奪ったのかもしれないという確信にどうしようもない気分になる。
恨んでもらえた方がいいのかもしれない。罵ってもらった方がいいのかもしれない。
けれど、そのどれでもなく、むせかえる様な「愛しているんだ。」という言葉はそのどちらでも無かった。
だから、こんなに気になっているのだ。
そうに決まっている。
けれど、同時にもしも彼が元に戻れるのならと考えてしまう。
だって、俺の歌を聞いた人間の中で、彼はまだ生きているのだ。
だから、もしかしてまだやり直しができるんじゃないかと思う。
償いができるのではないかと思ってしまう。
◆
翌日学校へ行くと、俺は美術部への入部届を出したということになっていた。
全くそんな覚えは無かったけれど、俺から届けを受け取ったという赤羽が顧問の先生に出したらしい。
多分きっと、赤羽が勝手に出したのだろう。
理由が分からない。
別に図工の授業以外で絵を描いたことなんか無かった。
確認に来たという先生に、間違いだと伝えたのに冗談だと思ったのか取り合ってはもらえない。
仕方が無く、放課後美術室へ向かう。
薄暗く埃っぽい美術室の奥の方で赤羽がキャンバスに向っている。
そこに描かれているのは鳥だろうか。
人の様にも見えるけれど、なんだかよく分からない。
声をかけるということが出来ないけれど、赤羽は集中しているのかこちらには気が付かない。
肩をたたけばいいだろうか。それとも帰ってしまおうか。
強制されているとはいえ、部活は単位とは関係ないのだ。
けれど、美しい絵だと思った。
何を描いてあるのかさえよく分からないのに、とても美しい絵だと思った。
それに……。
キャンバスにむかっている赤羽は生来の整った顔立ちもあって彼自身もまるで芸術作品の様だ。
ただ、首や手の甲に見えるケロイドが痛々しくて、その原因が自分だという事だけが彼の汚点の様に見える。
やはり帰るべきだ。
そう思って美術室の扉をもう一度開ける。
先ほどはしなかったガラガラという大きな音がする。
その音で赤羽がこちらを見る。
「ああ、きたんだね。
ようこそ美術部へ。」
と言っても、部員は俺と君だけだ。
相変わらずべっとりとした笑顔を浮かべて赤羽はこちらを見る。
ああやっぱり、入部の件は赤羽がやったのかと思う。
仕方が無く、彼のところまで近づく。
――俺、絵なんて描けないよ
メモに走り書きをして見せる。
「そんなものはどうでもいいよ。
何ならモデルになってくれればうれしいし、そうだな、君の肌に何かを描くのもいいかもしれない。」
そんなことを赤羽は言う。
冗談の様には見えない。
こちらをじっと見据える様な視線が怖い。
「それとも、俺のために歌ってくれるかい?」
絵なんか描かなくても歌ってくれるのならそっちの方がいいなあ。
赤羽は「なあ、真白。本当は声出るんだろう?」と言って笑みを深めた。
俺はどうしたらいいのか分からなくて、筆談用のペンを持つ手が震える。
「なーんて。
君が歌いたいときに歌えばいいさ。
だけど次も願わくば俺の為だけに歌ってくれることを祈ってるよ。」
赤羽はおかしい。
前だって別に赤羽のために歌った訳じゃない。
それに、死ぬかもしれない歌を聞きたいなんて可笑しい事なのに。それを望みの様に言う赤羽を見てただ、呆然とするしかなかった。
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