116 / 129
戦争編
モノクロの夢
しおりを挟む――いつの間にか、目の前にモノクロの世界が広がっていた。
森の中を歩いている。緑色では無い森がちょっと不気味だ。しかし、小鳥の囀ずりや、爽やかな風が体を撫でていく感覚で、その不安が和らぐ。
自分の意思とは無関係に、体が勝手に動いている。……自分ではない誰かの視点で、昔の白黒テレビを見ているかのような感覚だな。
ふと、ある光景を目にして足を止めた。
開けた場所に、大きな動物が倒れている。その動物の体長はおそらく、二メートル以上。顔と尻尾と足に、薄い縞模様がある。胴体に縞模様が無いが、おそらく虎だろう。
色が分からないため、どんな状態なのかはっきりしないが、この虎は大怪我を負っているらしい。モノクロでは無かったら、血の赤に染まる虎の姿が見えたはずだ。
この視点の主は、懐から小さな杖を取り出した。……魔法師だったのか。虎の治療をするつもりかな?
視点の主は、ゆっくりと虎に近づく。……しかし、すぐに足を止めることになった。虎が体を起こしたのだ。
「グルルルル……ッ!」
「ま、待って。起きないで! そんな大怪我をしてるのに、無理に動いたら危ないよ!」
虎の威嚇する鳴き声と、男の声が聞こえた。また情報が増えた。この視点の主は男だったらしい。
「えーと、そうだな……よし。ちょっと待ってね。今、この距離でもすぐに傷が塞がるように、術式を書き換えるから!」
そう言って、男が杖を動かす。……早い。迷いが無いな。きっと、何度も使って練習したのだろう。
しかし……俺が知っている回復魔法の術式よりも、かなり複雑な術式だな。見たことが無い。それなのに、術式の完成が早かった。
書き換えに慣れた魔法師でも、同じ術式をこれほど早くに完成させることはできないと思う。
男は完成させた魔法を、無詠唱で発動した。その魔法が、離れた場所にいる虎に当たる。
「ガル……?」
「どう? 動けるかな?」
「……ガオッ!」
ちゃんと傷が塞がったのだろう。虎は少しふらつきながらも、立ち上がっていた。タフな奴だな。あんな怪我をしていたのに、もう動けるのか。
「良かった! ――今考えたばかりの魔法だけど、問題無かったみたいだね」
は? 今考えたばかり? あんな複雑な術式を即興で作って、しかもそれを無詠唱で発動したのか!
あり得ない。あの書き換えの速度は、何度も使って慣れているからこそだと思っていたのに!
あの術式だって、本来なら即興で考えられるような物じゃない! この男の頭の中はどうなっているんだ?
「次からは、あんな大怪我をしないように気を付けてね。……それじゃあ、僕はもう行くよ」
俺がこの男について、いろいろ考えていた時。彼は虎に別れを告げ、歩き出した。
一度視界が暗転し、再び明るくなる。場面が切り替わったのか?
また森の中を歩いているが、道の先に光が見えた。どうやら、森の外に出ようとしているらしい。
しかし。視点の主が足を止め、後ろへ振り返る。……何故か、先程の虎が後をついて来ていた。
「……君は、いつまで僕について来るのかな? ほら、見てよ。もう森の外に出ちゃうよ?」
「ガルゥ、ガルル」
「うーん……困ったなぁ。僕は人間だから、動物の言葉は分からないんだよね……」
男は虎を視界から外し、他所を見る。しばらくそのままだったが、やがて戻った。虎は変わらずそこにいる。
「――君、僕の使い魔になってくれる? ……僕と、一緒に来る?」
「ガウガウ!」
「……よし。じゃあ契約しようか!」
その言葉に虎が頷き、男が杖を取り出した。……あれ? 今さらだが、今は俺のスキルが機能していないようだ。虎の言葉が分からない。
多分。俺ではない、別の人間の視点で物を見ているからだと思うが……
男は地面に、使い魔契約の術式を展開する。そして虎には、その上に乗るようにと指示を出した。虎が乗ると、魔法陣が淡く光る。
「我が名は■■■■。これより、彼の者と契約を結び、我が使い魔とする儀式を行う――」
すると、魔法陣の光が強くなった。……ということは、契約魔法は正常に発動しているな。
この魔法は最初に、魔法師自身の名前を告げる必要がある。男は確かに自分の名前を言って、魔法を発動させた。
だが、俺には男の名前が聞こえなかった。その部分だけ、ノイズが掛かったのだ。
「我と契約を結ぶ者よ、汝は我が使い魔となることを誓うか?」
「ガウ」
虎が頷くと、男も頷きを返した。
「我が魔力よ、彼の者を■■と名付け、契約を結びたまえ――マジック・コントラクト」
最後に使い魔の名付けを行い、魔法を発動。……名付けの時に、またノイズが掛かったな。この虎の名前も分からない。
その後、虎の首に首輪が現れる。これは使い魔の証だ。契約魔法を発動すると、使い魔の体の何処かに、その証となる装身具が現れる。
そして契約が終了した直後、虎に変化が起きた。
「ガオオォォォォッ!」
虎が勇ましく吠えると、その背中から翼が生えたのだ! 何だこれ、カッコいいな! よく似合っている。
そういえば前世の神話の中で、翼が生えた虎が出てくる話があった気がする。確か、中国の神話だったかな?
「おっ……おおー! 真っ白な翼! 凄いぞ■■! 体も真っ白だし、まるでおとぎ話の天使みたいだ!」
「天使? 俺が?」
「喋った! ……いや、違う。契約を結んだから、■■の言葉が分かるようになったのか」
おぉ。虎の言葉が分かる。男が言うように、契約を結んだおかげだろう。俺のスキルで聞こえる言葉よりも、はっきりと聞こえる。
境界を越える親愛の場合。動物の鳴き声と同時に、それを簡単に翻訳した言葉が聞こえてくる。
前世のテレビに例えると、鳴き声が主音声、翻訳が副音声で聞こえる感じだな。
対して、使い魔が相手になると鳴き声がほとんど聞こえず、普段人と話している時のように会話が成立するのだ。
「……俺は天使なんて、神聖なものじゃない。化け物だ。俺の同族は皆、普通の虎とは違う俺を見て、そう呼ぶんだ」
「それって、毛が白くて目が赤いことを言ってるの?」
「そうだ。親も兄弟も普通の虎なのに、俺だけが違った。……ついには、こんな翼まで生えてしまった。やはり、俺は普通じゃなかったんだ……」
虎は耳と尻尾を下げ、俯いている。
白毛に赤い目。モノクロの世界しか見えていない俺に、その色は見えないが……もしかして、アルビノか?
よく誤解されるが、あれはただの遺伝性の疾患だ。化け物扱いされる謂れは無い。
「君のどこが化け物なんだ? 綺麗じゃないか」
「……綺麗?」
男がそう言うと、虎はきょとんとした表情を見せる。
「白い毛並みも、赤い目も綺麗だ。翼だって、それを使えば僕を乗せて空を飛ぶことができるはず。凄いことだよ! 普通の虎と見た目が違っても関係ない!」
「でも……」
「自分を卑下する必要は無い。だって、君の主であるこの僕が認めている。君は綺麗だ。翼もカッコいい。……使い魔は使い魔らしく、主の言葉を認めなさい! いいね?」
「…………」
今度は口を開けて、ぽかんとしている。最初は怖かったが、意外に可愛いぞこの虎。
「ほらほら、■■! 返事は?」
「…………随分と、偉そうな人間だ」
「心の声が漏れてるよ」
「すまない。つい本音を言ってしまった」
「あれ? ある意味いい性格してるね、君。主人に喧嘩売るつもり?」
「場合によっては、喧嘩を売るかもしれないな」
「ちょっ、真面目に返さないでよ。契約して早々に下剋上の予告? それで、結局返事は?」
打てば響くような掛け合いをする中、虎が黙り込んだ。……虎の困ったような表情が、誰かに似ている気がする。
「……俺は」
「ん?」
「俺は、その……白い毛並みも赤い目も綺麗で、翼もカッコいい……と、認める」
「……うーん、まだ自信無さそうなところが惜しいけど、可愛いから許す!」
「か、可愛い……?」
「じゃあさっそく、僕を乗せて飛んでみてよ! そのカッコいい翼でさ!」
「わ、分かった」
唐突にそう言った男に対して、虎は戸惑いながらも、少し嬉しそうにしていた。
そこで、急速に意識が遠退いていく――
*****
「――ギャアッ! ギャウギャウ!」
「うおっ!」
目覚めた俺が最初に目にしたのは、黒いドラゴンのどアップ顔。
「おや? 起きたのかい?」
そして聞こえてきたのは、知らない男の声だった。
0
あなたにおすすめの小説
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
※2026年半ば過ぎ完結予定。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる