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獣王国ヴァイス編
閑話:鳥人の長と側近
しおりを挟む「……行ってしまったか」
「そうですね……」
鳥人族の長ヒジリは、側近のクロマルと共に、村から去って行くレイモンド達の後ろ姿を見送る。……彼の救世主とその仲間達は、鳥人族に希望をもたらした。
最初は恐ろしかった。獣王国だけでなく、あのオオカミ族の獣人と、人間なのに彼を従わせる救世主のことが。
いつ機嫌を損ねて、再び暴れるかも分からぬアドルフと、そんな彼に慕われている救世主、レイモンド。……レイモンドはあまり自覚していなかったようだが、アドルフ以外の獣人も、彼には一目置いているらしい。
そのレイモンドの不興を買えば、獣人達を敵に回すことになる。……ヒジリはそう考え、彼と話す時は細心の注意を払っていた。
特に、彼らを案内して村に向かっている途中。あの時のレイモンドは、アドルフに肩を貸していた。
アドルフは無言で、こちらの会話に参加することはなかったが……時々、彼の鋭い目がヒジリを観察していた。あの目には、何もかも見透かされているのではないかと、恐怖を覚えた。
ヒジリはあの目を思い出し、身を震わせる。
「ヒジリ様? 震えていますが、大丈夫ですか?」
「あぁ……大丈夫だ」
「まだお体の調子が悪いのでは?」
「問題無い。一週間前と比べれば、咳があまり出ない。体も軽い。……救世主様、いや、レイモンド様には感謝しかないな」
「全くですね……初日にレイモンド様に失礼な態度を取ってしまったことが、今でも悔やまれます」
救世主様と呼ばれるのは気恥ずかしいから、名前で呼んで欲しい。……彼の方からそう言われた時。ヒジリもクロマルも畏れ多いと思ったが、どうしてもと頼まれたので、そう呼ぶことにしている。
まさか、日光を浴びるだけでこんなにも楽になるとは、誰も想像していなかった。
レイモンドが言うには、この不治の病を発生させる物が、日光に弱いらしい。空気中にも目に見えない状態で漂っているそれは、日光を浴びることで消滅するそうだ。
後はそれぞれ体を丈夫にして、病気への抵抗力を強めれば、一度体に入ってしまった物が完全に消え去ることは無いが、自然と症状が表に出なくなるという。
食生活にも気をつけろと言われた。鳥人族の主食である木の実やキノコ類よりも、魚を食べた方が良いらしい。
今にして思えば。不治の病が流行し始めた時期と、鳥人族が現在の場所に移住し、自分が幻惑魔法で村の周りを霧で包み込んだ時期は、ほとんど同じだ、と。ヒジリは考えていた。
亡くなった師匠の病が悪化したのも、同時期だと。
「私が霧で日光を遮らなければ……病が皆に広まることも、無かったのか?」
「……ヒジリ様」
「……いや。今更それを悩んでも、詮無きことだな」
クロマルの困った顔から目を逸らし、苦笑する。……優しい側近は、慰めの言葉を掛けるよりも黙ることを選んだ。ヒジリにとって、その気持ちは非常にありがたいものだった。
「――そんなことよりも、もっと楽しいことを考えよう!」
「楽しいこと、ですか?」
「あぁ。謙虚なレイモンド様は、こちらが戦力になることぐらいしか望まなかったが、それだけではこの恩は返し切れないと思わないか?」
「……そうですね。存続の危機にさらされた我らを救っていただいた恩は、いざという時の戦力になる程度では、足りないかと」
この場にレイモンドがいれば、それだけで充分だから! と否定しそうなものだが、残念ながら本人は既に去った後だ。
そしてツッコミ役が不在のまま、彼らの会話は思わぬ方向へと進む。
「彼の救世主様の名を、子孫に語り継ぐのは当然として……あぁ、そうだ。確かレイモンド様は、幻惑魔法に強い興味を持たれていた」
「では、幻惑魔法に関してまとめられた書物をお渡しするのはどうでしょう?」
「うん、そうしよう」
外の世界では失われた魔法とされている、幻惑魔法の秘術がまとめられた書物。当然ながら、これは実に貴重な物だ。
魔法師にとっては、喉から手が出る程に欲しい宝。商人にとっては、物好きな金持ちに売れそうな珍品……といったところか。
後にこれを渡されるレイモンドの手が、ある意味恐怖で震えること、間違いなしである。とても扱いに困る物だ。
「後は……そうだな。子孫に語り継ぐ時は、レイモンド様の容姿も共に伝えよう。村に彼の方を称える像を設置するのはどうだ?」
「良きご思案かと。レイモンド様のおかげで病が治り、自由に動けるようになった彫刻師達がいます。復帰後初の仕事が、救世主様の木像の作成となれば、彼らも喜んで引き受けると思います」
「よし。さっそく彫刻師達を集めよ」
「はっ!」
こうして、鳥人族による「斜め上を行く恩返し」が始まる。……おそらく、レイモンドがこの事態に気づく頃には、既に取り返しのつかないところまで進んでいることだろう。
鳥人達は至って真面目に恩返しをしようと張り切っているため、もう誰にも止められない。
ツッコミ役は、何処にもいないのだ。
「木像が完成したら、いち早くレイモンド様にお見せしようではないか! ……おっと。幻惑魔法の書物を厳選して、それをお渡しする方が先だな。師匠から受け継いだ物も整理しなければ」
「忙しくなりますね、ヒジリ様」
「あぁ。レイモンド様のおかげで元気なったのだから、これからは彼の方のためにも、精一杯働くとしよう」
「俺も、いずれ起こるであろう戦に備えるため、より一層鍛えます!」
「うん。頼りにしているぞ、クロマル」
思い込んだら一直線……そんな鳥人族の性質は、ヒジリとクロマルにもしっかり備わっていた。
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