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獣王国ヴァイス編
外交官は猛獣使い
しおりを挟む「――この勘違い野郎共がぁっ! せっかく俺の心友が、てめぇらと交渉するためにわざわざ足を運んでやったのに!」
「ぐはっ!」
「もしもレイが死んでたら、こんなもんじゃ済まなかったぞ!」
「ぎゃあ!」
「あぁっ! 面倒くせぇっ!」
「ひいぃぃっ!」
「まだ目も痛いし頭も痛いしてめぇらの声が頭に響くし……っ!」
「も、もう……許してください……!」
「潰す潰す潰す潰す潰す……!」
「ぐえぇぇ!」
アドルフの暴走は、止まる所を知らない。
鳥人をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……まるで、前世の無双ゲームのようだ。幸い、俺の言葉が届いたのか、殺してはいない。全員漏れなく気絶しているが。
「最近の副団長は、人間との戦いが無かったおかげなのか、超穏やかだったのに……」
「昔の狂狼に逆戻りだニャ……」
「うむ……」
「……いつ終わるかしら? あれ」
「さぁ? あいつが満足するまで続くんじゃないか?」
最初は恐れていた俺達も、あまりにも圧倒的な状況を見たことで、一周回って呆れている。
「……あら?」
「どうした?」
「羽の音が近づいて来るわ。向こうからよ」
クラウディアが耳を動かして、森の奥に目を向ける。……すると、羽音と共に一人の鳥人がやって来た。森の木々を上手く避けながら、こちらに向かって飛んで来る。
いや、一人じゃなかった。よく見ると、誰かを抱えて飛んでいるようだ。その誰かも鳥人族だった。それに、何故か一羽の青い小鳥も一緒に飛んでいる。
俺達の目の前に降り立ったのは、体格の良い鳥人だった。首元と羽先が白く、それ以外は真っ黒。抱えられている鳥人は、全体的に緑色だが頭部が青緑で目元が赤い。こちらは細身だな。
体格の良い方がコンドル。細身の方がキジの鳥人だろうか? 顔立ちもそんな感じだ。
黒い鳥人が、緑の鳥人を地面に下ろす。緑の鳥人の側で、青い小鳥が飛んでいた。緑の鳥人が、俺達に向かって深く頭を下げる。
「鳥人族の長、ヒジリと申します。この度は、我が同胞達がご迷惑を掛けてしまい、大変申し訳――っ、ゴホッ! ゴホ……ッ!」
「ヒジリ様!」
「ぐ……いい、クロマル。下がれ」
「いけません! だから村で大人しくしておくようにと言ったのに……!」
声からして、どちらも男の鳥人のようだ。緑の鳥人……ヒジリがいきなり咳き込んだことには驚いた。顔色もあまり良くないようだし、無理をさせてはいけない。
「お話中のところ、失礼します。私は獣王軍第一旅団所属の、レイモンドと申します。……ヒジリ殿。こちらのことは気にせず、楽になさってください。先触れも出さずに突然訪問してしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、そんな……! むしろ……ゴホッ、ゴホッ! ……むしろ、謝罪をするべきなのは我々の方です。同胞達は、そちらの話を何も聞かずに先に攻撃を仕掛けたと聞きました」
「聞いた? どなたからですか?」
「この子です」
ヒジリが示したのは、青い小鳥だった。小鳥は彼の肩に乗り、頬擦りをしている。
「私の使い魔で、名をルリと言います。……彼女が同胞達のことを、空から見張っていたのです」
青い小鳥は、ヒジリの使い魔だったか。ということは、彼は魔法師だな。もしかして、あの幻惑魔法の使い手か?
「私はあなた方が来ることを同胞達に知らせて、まずはあなた方の話を聞き、敵対するつもりが無いようなら、村に招いて欲しいとお願いしました」
「えっ?」
「……俺達、いきなり攻撃されたんですが?」
「それは本当に、申し訳ありません……私の監督不行届きで……ぐっ、ゴホゴホッ!」
「ヒジリ様! ここからは俺が話します。あなたは休んでください」
「うっ……すまない。頼む」
「はい」
先程クロマルと呼ばれていた鳥人がヒジリを支え、こちらに軽く頭を下げた。
「俺はヒジリ様の側近で、クロマルと言います。……話の続きですが、今回あなた達を襲ったのは、我々の中でも若い者達でした。あいつらは血気盛んな奴らで、ヒジリ様からあなた方のことを聞き、それが村を襲いに来た侵入者であると、思い込んでしまった」
クロマルによると、ヒジリは若者達に、相手が敵対者なら追い払え。そうでなければ村まで案内しろ、と命令したそうだ。
若者達はその場では大人しく頷いていたが、ヒジリは思い込みの激しい若者達のことが心配になり、監視役として使い魔のルリを向かわせた。
ルリが現場に向かうと、そこではちょうど若者達が、俺達の話を聞かずに襲い掛かっていたため、慌てて村まで戻り、ヒジリに現状を伝えた。
そしてヒジリはクロマル、ルリと共にここまでやって来た……とのことだ。
「ご迷惑を掛けてしまい、すみませんでした!」
「謝って済む問題ではありませんが……我々は獣王国と敵対するつもりは全く無いのです! どうか、それだけでも信じてください……!」
お願いします、と再び頭を下げた長の体は……震えている。それはそうだよな。今回の騒動は、場合によっては獣王国に対して喧嘩を売ったとも捉えられる。
個人的には、彼らを安心させるために優しい言葉を掛けてやりたい。……だが、今の俺は獣王国の遣いとして交渉するためにやって来た人間だ。
「……お気持ちはよく分かりました。あなた方がこれ以降は獣王国に敵対しないこと、そしてこちらとの交渉に応じることを約束してくれるのであれば、あなた方の意思を、獣王アルベルト陛下にお伝えしましょう」
「……分かりました。鳥人族は獣王国に敵対しないこと、交渉に応じることを誓います」
緊張で表情を固くしたヒジリは、そう宣言した。これで、彼は余程の無理難題でなければ、こちらの要求に応じなければならないと思っただろう。
それを撥ね付けたら、獣王国に何をされるか分からない……とまで考えたかもしれない。悪いな、長殿。
「さて。そうと決まれば、まずは……」
そう言いながら、未だに鳥人族の若者達を打ちのめしているアドルフに目をやる。
「あいつ、どうやったら止まるかなぁ……?」
「あー……」
「むう……」
「ええっと……」
「……と、とりあえずレイモンド君。あなたが呼んでみたら?」
「えっ? 俺?」
思わず目を見開いた。何故俺が?
「そ、そうだニャア! 確か霧の中にいた時、副団長は僕達が呼んでも返事をしなかったけど、レイモンドが呼んだらすぐに反応してたニャ!」
「いやいや。あれはただの偶然だろう?」
「まぁまぁ……とりあえず、試してみたら? お前が呼んでも駄目なら、別の方法を考えようぜ」
レンツの言葉に、獣人達全員が頷いた。……そうだな。試すだけならリスクは無いだろう。
「おーい、アドルフ!」
「あ? どうした、レイ……って、そいつら誰だ? 敵なら潰すぜ」
「敵じゃねぇよ! こちらは鳥人族の長のヒジリ殿とその側近のクロマル殿で、さっき交渉に応じると約束してもらったところだ」
「なんだ、そうか。じゃあもう少し待ってろ。今はこいつらを念入りに潰してる最中なんだ」
いやいやいやいや、馬鹿!
「やめろ、もう充分だ! 彼らもさすがに反省しただろう。あとはヒジリ殿に任せる」
「でもよ――」
「お前、まだ目と頭が痛いんだろう? 無理するな。もう休め」
「……分かった。お前がそう言うなら……」
そう言うと、アドルフは彼らを解放してこちらに向かって来る。……良かった。試した甲斐があったな。
俺はそれを見て、彼に背を向けた。……獣人達とヒジリとクロマルは、何故か俺を凝視している。
「――猛獣使い……」
「えっ?」
「あ。……いや」
オリバーがぼそっと何事かを呟いた。問い返すと、小さく否定して黙ってしまったが……何を言ったんだろう?
「……それではヒジリ殿。彼らのことは、そちらにお任せします。見ての通りかなり過剰となってしまいましたが、勝手ながらこちらで対処させてもらいましたので、処分に関しては口出しするつもりはありません」
「わ、分かりました……」
ん? ドン引きされている……? いや、それもそうか。アドルフのあの暴れっぷりを見れば、そうなってもおかしくない。
俺が納得したその時、後ろから肩を組まれた。それをやったのは当然、アドルフである。
「先に自己紹介するか。俺は獣王軍第一旅団副団長……アドルフだ。こっちの責任者は、一応俺ってことになってる」
「そう、でしたか……初めまして。ヒジリと申します」
「……クロマル、です」
「ん、そうか。……てめぇらに聞きたいことがあるんだが」
「何でしょう?」
「――てめぇらは本当に、俺達と敵対する気は無いんだな?」
息を呑んだ。……アドルフの殺気が、彼らに向けられている。
「は、はい……もちろんです。我々はあなた方と敵対する気はありません。本当です……!」
「俺も……敵になるつもりは、もうありません」
「ふーん。なら、こいつ……レイモンドのことはどうだ?」
「え?」
「レイは人間だ。こいつに害を与えるつもりも、無いんだな?」
「もちろん、ありません!」
「俺も、ありません」
「……よし。お前らは合格だ。嘘はついていないようだし」
すると、殺気が消えた。ヒジリとクロマルが安堵のため息をつく。……なるほど。アドルフはそれをスキルで確かめたかったのか。
「……で、では、我々の村まで皆様をご案内します。交渉についてはそちらで……」
「分かりました。お願いします」
ようやく、任務を遂行することができる。……そう思い、俺も安堵のため息をついた。
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