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獣王国ヴァイス編
外交官護衛隊、結成
しおりを挟むアルベルトとの謁見から、数日後。アドルフの紹介で、四人の獣人と顔合わせをすることになった。
彼らは第一旅団の団員であり、魚人と鳥人との交渉任務で、俺を護衛してくれる者達だ。戦闘部隊から二名、諜報部隊と魔法部隊から一名ずつ、アドルフが選抜したという。
数日前。第一旅団に所属して間もない俺は、次の任務の護衛を誰に頼もうか悩んでいた。
それをアドルフに相談した結果、この件については、副団長である彼に一任することにした。悪く言えば、丸投げである。
そして、今日の顔合わせに至ったのだ。
「副団長、ご指名どうも! ……おっと初めまして、レイモンド! 俺は第一旅団の戦闘部隊に所属している、ジャガー族のレンツだ。よろしくな!」
黄褐色の髪に黒目の獣人、レンツ。彼には、ジャガーらしい一つの点の周りに斑点がある模様……梅花紋がついた耳と、尻尾が生えている。
俺はイルミナルでの戦闘中に、彼を見掛けたことがあった。ロングソードを手に、見事な剣技で狂戦士共を圧倒していたな。
長身で細身。それに加え、アドルフに負けず劣らずのイケメンだ。さぞかし女にモテることだろう。
「で、こっちが俺の友……サイ族のオリバーだ。俺と同じく、戦闘部隊に所属している」
「……よろしく」
「あ、あぁ……デカイ、な」
「……うむ」
オリバーと呼ばれた男は、灰色の髪に黒目。額にあるサイの角が特徴的な大男だった。立派な鎧を身に付けている。
アドルフとレンツの背丈も高いが、オリバーはそれ以上だった。俺とは頭一つ分くらいの差がある。
彼の姿も、遠目から見たことがあった。確か、イルミナルではレンツと共闘していたな。今も背負っている大盾で敵の攻撃を防いだり、盾を振り回して攻撃したり……なかなか豪快な戦い方だった。
「じゃあ、次は僕が自己紹介するニャ!」
そう言って元気良く手を上げたのは、猫の獣人。黒髪に緑色の猫目。背はこの場にいる六人の中で、一番低い。一人称は僕だが、可愛らしい女性だった。
ミュースやニコラス達と同じく黒装束を身に付けているが、口元は隠していない。多分、彼女が諜報部隊の者だろう。
「第一旅団諜報部隊所属、レベッカだニャ。よろしくニャア!」
「ニャアって……?」
「これは口癖。気にしなーい気にしなーい、だニャ!」
なんとなく、意図的に語尾をニャーにしている気がする。ニコニコと笑ってはいるが、猫を被っているのかもしれない。猫の獣人だけに。
「最後は私ね。魔法部隊所属の、クラウディアよ。回復魔法と光魔法が得意分野なの。……よろしくね、ボウヤ」
「ボウヤ……?」
「私の方があなたよりも年上だもの。そう呼ばせてもらうわ」
兎の獣人、クラウディアは美しい女性だった。長い髪は白く、瞳の色は赤。所謂モデル体型で、お姉様とでも呼ばれそうな見た目だ。
妖艶な笑みを浮かべ、こちらを誘うような視線を送ってくる。
若い男なら、一発で恋に落ちそうだな。だがしかし、俺には通用しないぞ。
俺の精神年齢は彼女よりもうんと年上だし、それ以上に前世の妻のことを愛しているから、彼女に惹かれることもない。
俺をからかっているような気配を感じたので、意趣返しのつもりでこう言ってみた。
「……へぇ。クラウディアさんは年上だったのか。あまりにも若々しく美しい女性だったから、てっきり同い年かと思っていた」
意外そうな表情を作り、驚いて見せた。すると、クラウディアはきょとんとした顔になる。
だが、次の瞬間。にんまりと、笑った。……早まったか?
「あら……あなた、イイわね。気に入ったわ」
するりと、蛇のように俺の側に寄った彼女は、俺の左腕を取って腕を組んできた。決して慎ましいとは言えない豊かな双丘を寄せ、上目遣いで俺を見る。
「女性を褒める言葉が、自然と出てくる男……うちの旅団にはいないタイプね」
「姐さん、俺は?」
「レンツの口説き文句は、歯が浮くような台詞だもの。自然とは言えないわ」
「ははっ! これは手厳しいな!」
「……クラウディアさん。悪ふざけはやめて、腕を離してくれないか?」
「クレアお姉様と呼んでも良いのよ?」
「麗しく、そして可憐なクレアお姉様。どうか私の腕を離してもらえませんか? 困ります」
「……ふふ、ふふふ……! イイわねぇ。ただ要望に答えるのではなく、私を喜ばせる言葉を加えた上で、下手に出るなんて……女を持ち上げる術をよく知っているのね? これではボウヤとは呼べないわ」
蠱惑的に笑い、クラウディアはさらに身を寄せてくる。俺は離してくれと言ったはずだぞ?
「うふふ――食べちゃいたいくらい、良い男ね。レイモンド君?」
(助けてアドルフ!)
何だこの兎! 本当に草食動物の獣人か? 目が爛々と輝いている。見た目に似合わず肉食系女子だったのか。
心の中でアドルフに助けを求め、本人に視線を送ると、肩をすくめて首を横に振った。『どうしようもねぇ』じゃない! 助けろ!
すると、『しょうがねぇな』と言わんばかりにため息をついた彼は、クラウディアに声を掛けてくれた。
「クラウディア。レイを解放してやれ。そろそろ今回の任務について話がしたい」
「あら、副団長。嫉妬?」
「何でもいいから離してやれ。そいつが本気で困ってる」
「頼むよ、クラウディアさん」
「んー……これからもクレアって呼んでくれるなら、いいわよ」
「分かったよ、クレア。離してくれ」
「はーい」
「ありがとう。……で、今回の任務について話すんだったよな? アドルフ」
彼女が離れた後、アドルフに話し掛けながら彼の元へ歩み寄る。さりげなく、クラウディアと距離を取った。
「あぁ。……全員、よく聞け。今回の任務は――」
アドルフがレンツ達に、今回の任務……魚人と鳥人との交渉について説明した。
最終目標は彼らに協力を取り付け、いざという時は獣王国の戦力となってもらうことだ。だが、それは決して簡単なことではない。
死の危険にさらされる可能性があるのに、快く頷いてくれる者など、滅多にいないだろう。同じ種族の仲間ならまだ分かるが、獣人と魚人と鳥人はそれぞれ別の種族で、赤の他人同士である。
そんな状況で『こちらの戦力になってくれ』と言っても、受け入れられるはずがない。交渉は、長期戦になると思われる。
アドルフとレンツ達は、その交渉期間中に俺の護衛を担当する。
魚人が住むラルゴ島と、鳥人が住むアネモス山に向かう途中で、魔物の襲撃を受ける可能性が高い。それに合わせて、護衛のメンバーもバランスの良い構成にしたという。
なお。魔物との戦闘時には、俺もその頭数に入れられる。これで、俺も共に戦うことができるな。……アドルフは、俺の『共に戦いたい』という気持ちを尊重してくれるようだ。
「はい、質問!」
「何だ? レンツ」
「交渉期間が具体的に決まっていないってことは、俺達の護衛任務の終了も、いつになるか分からないってことだよな?」
「そうだ。……その分、報酬は弾むぞ。今回の任務は、アルが直々に言い渡したことだからな。それだけ重要な任務だ」
「さすが獣王様! 話が分かる人だな。……でもなぁ、戦闘以外は退屈になりそう」
「……レンツ」
「あー……すまん、オリバー。確かに、ちょっと不謹慎だった。今回の仕事は戦闘じゃなくて、護衛中心だもんな」
オリバーが、眉をひそめてレンツを呼んだ。レンツはそれだけで、彼の言いたいことを理解したらしい。ばつが悪そうにしていた。
俺には分からなかった。名前を呼ばれただけで、その意図を理解するとは……余程仲が良いのだろうか?
「レイモンドも、ごめんな」
「構わない。……こちらこそ悪いな。できるだけ早くに交渉を成立させて、あんた達を解放できるように努力する。それまで退屈させてしまうだろうが――」
「いや。きっと退屈はしないぜ。何せ、レイモンド・ベイリーっていう面白い男がいるからな」
「おい、こら!」
俺の言葉を遮り、アドルフが俺の頭を撫で回す。慌ててその手を払い、髪を手ぐしで整えた。
「やめろ。髪がぐしゃぐしゃになる!」
「お前の髪ならすぐに戻るから、別にいいだろ」
「よくない! それに、お前は力が強過ぎるんだよ。背が縮んだらどうしてくれる?」
「そりゃいいな。頭が撫でやすくなる」
「――削るぞ、てめぇ」
「削る……?」
「足の裏とか頭に生えてる耳とか削れば、多少は低くなるだろ? 縮め」
「怖い怖い! お前は俺を何だと思ってんだ?」
「いざという時に頼りになる心友」
「えっ――」
「そして何よりも、からかって遊ぶと面白いやつ」
「台無しだ! 俺の感動を返せ!」
狼が吠えた。はっはっは、愉快だな。やっぱりこいつは面白い。
「ほら、そういうところだぞ? お前の反応が面白いから、俺も付け上がるんだ」
「え、俺のせい――って、いやいや違うだろ。どう考えてもお前の方が悪いから。俺に被虐趣味はねぇぞ。むしろお前の方が加虐趣味だろ」
「俺のどこが加虐趣味だと?」
「自覚ねぇのか。重症だな。そのうち被虐趣味の変態に捕まっても知らねぇぞ」
「そんな奴は滅多にいないだろう?」
「あっ」
「え? いるのか?」
「……ご愁傷様です」
「何が!」
「い、いや。何でもねぇ。まぁ大丈夫だろ。……多分。……おそ、らく」
「徐々に自信がなくなってるぞ! どんな奴なんだ、そいつは――」
「というのは冗談だ」
「冗談かよ!」
無駄に焦らせるな! ちくしょう、ニヤニヤすんな! ムカつく!
「――ぶふっ! はは、はははっ! おま……お前ら面白過ぎ! あっはははは!」
「にゃははは! 本当、テンポ良過ぎて面白いニャア!」
「……っ、くく……!」
「ふふ……っ! な、仲が、良いのね……!」
レンツとレベッカが爆笑し、オリバーとクラウディアが笑いを抑えようと、必死に耐えている。思わずアドルフと顔を見合せた。
(何故、俺達は笑われたのだろうか?)
(さぁ?)
アドルフが訝しげにレンツ達を見たので、俺もそうした。多分、こいつと同じ表情になっている。……それから再び顔を見合せ、ほぼ同時に首を傾げた。
(何がそんなに面白かったんだ?)
(分からん)
気がつけば、笑いを耐えていたはずのオリバーとクラウディアまで大笑いしていた。――解せぬ。
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