獣王国の外交官~獣人族に救われた俺は、狂狼の異名を持つ最強の相棒と共に、人間至上主義に喧嘩を売る!~

新橋 薫

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獣王国ヴァイス編

狂狼の友人達

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「それにしても……」
「ん?」
「――俺だけじゃなかったんだ……良かった」


 ふと。アルベルトがそんなことを言って、安堵の笑みを浮かべた。


「正直、不安だったんだよ。今まで、前世の記憶を持っているのは俺だけだった。周りの奴らは純粋に、この世界で生きている人達で……俺だけが、別の世界で生きていた記憶があった。何ていうか、仲間外れにされたような気分になってたんだ。同胞達は皆優しいけど……それでも、前世のことは話せなかった。それこそ、頭がおかしくなったと思われるのが怖くてさ……」
「…………」
「でも、レイモンドに出会えた。今、お前に前世のことを話せて、すごくスッキリした。ありがとう」
「……そうか。役に立てたのなら、何よりだ。俺も、あんたに前世を明かすことができて、スッキリしたよ」
「……へへっ。そっか! 良かった!」


 照れ臭そうに笑うアルベルトの様子は、先程よりも子供らしく見えた。……そりゃそうか。彼の中身は、二十代前半の若者だしな。中身が爺の俺からすれば、充分子供だ。

 そう考えると、アルベルトは俺の孫ようなものか。何だか微笑ましく思えてきたぞ。ということは、彼と同い年のアドルフも――


(……いや、違うな)


 あいつは違う。何かが違う。出会って間もない頃は、孫と重ねた時もあったが……今は、そうは思わない。

 アドルフは俺の心の友であり、相棒であり――対等。そう、対等だ。俺達は互いに、上でも下でもないのだ。

 だからこそ。さっきの一騎討ちの時に、俺の勝利を信じてもらえなかったことが、残念でならない。腹が立った。
 アドルフに対してもそうだが……一番は、心友に信頼してもらえない自分に対して、腹が立っていた。情けないにも程がある。

 あぁ、悪いことをしてしまったな。ここに来る前に一言も声を掛けなかったのは、やり過ぎだったかもしれない。あれは明らかに、八つ当たりだった。

 言い訳にしかならないが、どうもアドルフが相手だと、俺は大人になれないようだ。いつも以上に肉体年齢に引っ張られ、子供のような振る舞いをしてしまう。


「謝らないとなぁ……」
「謝る?」
「あっ」


 心の声が出てしまった。アルベルトが不思議そうにしている。


「急に黙り込んで、深刻そうな表情になったかと思えば……どうしたんだ? 一体」
「あー、その……アルベルト」
「なに?」
「あんたは、アドルフとは付き合いが長いんだよな?」
「うん。本当の兄弟みたいに一緒に育ってきたし。……アドルフのことで、何か悩みでも?」
「……あぁ」


 今はとにかく、誰かに聞いてもらいたかった。その点、アルベルトはアドルフのことをよく知っているから、良い相談相手になるだろうと思った。


「――そういうわけで、アドルフに謝りたいと思ったんだ」
「なるほどね。まずは、お前の勘違いを正すとするか」
「勘違い?」


 事情を説明した後。アルベルトがそんなことを言ったので、首を傾げる。


「アドルフは決して、レイモンドのことを信じていなかったわけじゃないと思う。もしもそうだったら、お前とリアムの一騎討ちを、無理やり止めようとしたはずだ。でもあいつは、最初に反対した後は何も言わなかった。ヴェーラ達はずっと反対してたのに」
「……そうだったな」
「そうそう。……ただ、信じていても心配はすると思うぞ。お前だってさ、もしも前世の家族が同じ状況になったら、信頼があったとしても心配したくなるだろ?」
「……確かに」
「それに、謁見が始まる前に兵士達が噂してたんだけど……お前、獣化したアドルフの背中に乗って凱旋してたんだって? だったら、信頼されてないとおかしいぞ。今まであいつが獣化した時に背中に乗せるのは、俺しかいなかったしな」
「それには、何か意味があるのか?」
「え? 何も聞いてないのか? 獣化した誰かの背中に、人間や獣人化した奴を乗せる意味を」


 アルベルト曰く。獣人族が獣化した上で誰かを背中に乗せることは、その誰かへの最大級の信頼を表すという。

 背に乗った者は、いつでも相手の急所である首を狙うことができる。よって、獣人族が自分の背に乗せるのは、心の底から信頼している相手のみ。
 相手が自分を攻撃しないという確信がなければ、背に乗せることはない。

 獣人にはそれぞれ、背に乗せてもいい相手が数人いるそうだが……アドルフは違った。
 あいつは警戒心が人一倍強い。『背に乗せてもいいのはアルベルトのみだ』と、常日頃から公言していたらしい。


「そんなアドルフが、凱旋という衆目が集まる場所で堂々と、俺以外の誰かを……それも、人間であるレイモンドを背中に乗せるなんてな……相当信頼されてるぜ、お前」
「…………」


 両手で顔を覆った。なんということだ。まさか、そんな重大な意味があったとは! 何で誰も教えてくれなかったんだ!


「誰からも聞いてないってことは、アドルフが意図的に隠したのか? 何のために――いや、待てよ? ……あー、そっか。なるほどなるほど。そういうことか。外堀を埋める作戦ですね? 分かります。うわー過保護だー」
「は? どういうことだ?」
「多分だけど、あいつはレイモンドの存在を、同胞達に認めさせようと考えたんだと思う。『自分が背中に乗せる程に信頼している相手だから、新たな同胞として受け入れても問題ないぞ』っていう、無言のメッセージ。きっと、レイモンド達が来る前から王都で噂になっていたことも、アドルフの仕業だろうな」
「噂?」
「あの第一旅団の副団長が、人間に背中を許したらしい……そんな噂が広まってたんだよ。あれはアドルフが、諜報部隊に指示してやったんだろう。そして凱旋が終わった今、おそらくだが王都中で話題になってるはずだぜ。あの噂は本当だったんだ! ってな」


 思わず、唸ってしまう。複雑な心境だった。

 勝手なことをしやがって! でも、俺のためにやってくれたんだよな……俺の存在を、獣人族に受け入れてもらうために。

 実に複雑だ。これでは怒ることもできない。……でも、デコピンぐらいはやっていいよな? よし、そうしよう。


「アドルフは、お前のために外堀を埋めたんだろう。……これに関しては、俺もあいつに感謝しないとな」
「何を感謝するんだ?」
「人間との共存。それが俺の理想だ。レイモンドとアドルフの存在は、これを実現させる鍵になるはず」
「鍵……そういえば、謁見の時もそんなことを言ってたな」
「あぁ。……王族を除けば、アドルフは獣王国で、特に支持されている戦士だ。この国では強い奴ほど好まれるからな。そのアドルフが、背中を許す程に一人の人間を信頼している。……これが話題になれば、人間に興味を示す同胞が増えるかもしれない」
「なるほど。それで俺達が鍵になる、と」


 それって、俺とアドルフの関係が悪化したら、その分影響が出るってことか? 責任重大だな……


「……レイモンド」
「何だ?」
「今の話の後にこんなこと言ったら、打算的に聞こえちゃうと思うけど……これからも、アドルフと仲良くしてやってくれ」
「どうしたんだ、急に」


 突然。真剣な表情になったアルベルトが、そんなことを口にする。……いきなりどうした?


「今のあいつは、すごく楽しそうなんだ。昔よりも、よく笑うようになった。感情の変化も分かりやすくなってさ。……アドルフの耳と尻尾が、あんなに動くってことを初めて知ったぜ」
「そうだな。言われてみれば、出会ったばかりの頃は素っ気無くて、感情もあまり表に出ていなかった」
「だろ? あいつは昔からそうだったんだ。まぁ、それでも俺がアドルフと初めて会った時に比べたら、大分ましだけどな! あいつのガキの頃の刺々しさを、お前にも見せてやりたい! ……おっと、それはともかく」


 懐かしそうにしていた彼は、再び表情を引き締めた。


「あいつが誰かに入れ込むことなんて、初めてなんだよ。何事にも関心が薄くて、唯一火がつくのは戦っている時だけ。……特に、人間を相手に戦っている時は怖かった。狂ったように人間を殺し続けて、血塗れになって、嗤ってた」
「狂狼と呼ばれる由縁、か」
「うん。……そんなアドルフが、お前のおかげで変わったんだ。人間を殺しまくって、嘲笑っていたあいつがレイモンドの――人間の話をして、楽しそうに笑う姿を見た時。俺がどれだけ驚いて、どれだけ嬉しくなったのか……きっと、お前には想像がつかないだろう」
「…………」
「友達として、本当に嬉しかったんだよ。あいつに、心の友と言える程の相手ができたと知った時は。……なぁ、レイモンド」
「何だ?」
「お前にとって、アドルフはどんな存在だ?」
「――心友だ。あいつは俺の心の友で、相棒だと思っている」
「そっか。……それなら、これからも心友として仲良くしてやってよ。あいつ、絶対に喜ぶからさ!」
「あぁ。そうするよ」


 俺が頷くと、アルベルトは無邪気に笑う。……友人思いの良い奴だな。アドルフは、本当に良い友人を持った。


「……その、ついでなんだけど」
「ん?」
「俺とも、友達になってくれる?」
「もちろん、いいぞ」
「ありがとう!」


 ニコニコと笑う彼を見て、微笑ましく思っていると……その耳が動いた。


「足音だ。誰かがこっちに来る」
「余程のことが無い限り、誰も来ないんじゃなかったか?」
「そうなんだけど……相手は一人だな。緊急事態ならバタバタしてるはずだけど、落ち着いているから、大したことじゃないんだろう。それに、これは……あぁ、やっぱりそうだ」


 何故かニヤニヤと、俺を見る。……どうやら、足音だけで誰なのかを把握したらしい。何だそりゃ。獣人族ってそんなこともできるのか。
 聞いてみると、慣れれば簡単だそうだ。そんなわけあるか。やっぱりこいつはチートだった。

 その時、扉がノックされた。アルベルトが立ち上がり、扉の前に立つ。


「俺は誰もついて来るなって言ったはずだぞー。まぁ、もう話は終わってるけどさ」
「――――――――」
「はいはい。今開けますよー」


 俺には聞こえないが、アルベルトには、扉の先にいる誰かの声が聞こえているらしい。彼が扉を開けると、そこにいたのは……俯いている、銀髪の男。


「――アドルフ……?」
「…………」


 彼は無言で俺を見て、困ったような顔をした。




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