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ルベル王国編

閑話:奴隷救出計画、実行【前編】

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 真夜中。王都イルミナルの住民達が寝静まった頃に、動き出した者達がいた。
 彼ら――獣王軍第一旅団、諜報部隊の目的は……囚われの身となってしまった、同胞達の解放である。


 とある貴族の屋敷の一室に、忍び込んだ者がいた。
 それは、一匹の小さなリスだった。リスは物陰から室内の様子を窺い、問題ないと判断したのか目標まで駆け寄る。

 目標――服従の首輪を付けられた獣人族の男の下へ行き、本来の姿に戻る。
 リスの正体は、獣人の男だった。黒い装束を身に付けたリスの獣人は、囚われている男にこう言った。


「待たせたな、同胞よ。……ようやく、お前達を解放する準備が整ったぞ」


 その言葉に、獣人族の男……虎の獣人が閉じていた瞼を上げる。青い猫目に闘志が宿った。

 彼はこの屋敷の主人の命令で、現在は話すことを禁止されていた。また、今座っている場所から、一歩も動いてはいけないという命令も受けており、身動きが取れない状態だ。

 しかし、その目に絶望の色は見えない。リスの獣人を見つめ、早く解放しろと目で訴える。


「以前話したように、解放した側からこの屋敷にいる人間を殺しに行く、なんて真似は止めてくれよ? 今のお前の役目は、誰にも悟られることなくこの王都から脱出することだ。これは他の場所で囚われている同胞達にも、厳命されている。……獣王陛下からの命令だ。必ず従え」
「…………」


 虎の獣人は不満そうにしているものの、しっかり頷いた。……それを見て頷き返したリスの獣人が、ある物を取り出す。

 それは、一本の細い棒だった。棒の先に丸くて小さな突起が付いており、一見するとレイモンドが使用しているような、小さな魔法の杖に見える。
 しかし。これは魔法の杖ではなく、強力な効果を持つマジック・アイテムである。


 獣王国では、服従の首輪を元奴隷達の首から外すための研究が行われていたが……解決策が見つからず、研究は難航していた。

 そんなある日。元奴隷達のうち、一人の老人が亡くなってしまった。

 その出来事が、獣王国の研究者達に火をつけた。服従の首輪をつけたまま亡くなるという、屈辱的な最期を迎えさせてしまったことを、研究者達は後悔したのだ。

 元奴隷達の中には他にも老人がいる。彼らに同じ最期を迎えさせないために、研究を急ピッチで進めた。

 そして、亡くなってしまった同胞から外れた首輪を分解し、その構造を研究した末に開発されたのが、このマジック・アイテムだった。


 リスの獣人は、そのマジック・アイテムの先にある突起を、服従の首輪に当てた。


「これを使うと、首周りに激痛が走るという。……悪いが、屋敷にいる人間に気づかれないように耐えてくれ」


 そう言って、彼はマジック・アイテム――解放の杖を起動させた。
 その瞬間、青い光が首輪を包み、それと同時に首輪から赤い光が発せられる。その光がぶつかり合うと、虎の獣人が苦しみ出した。


「――っ、ぅ……!」


 リスの獣人に言われた通り、歯を食い縛って激痛に対抗している。……やがて、青い光が赤い光を呑み込んだ時。首輪が外れた。

 一度付けられたら最後、死ぬまで外れないとされていた服従の首輪。
 それを外すマジック・アイテムが、獣人の研究者達の必死の努力によって開発された。諦めずに研究を続けた、彼らの勝利である。


 リスの獣人はすぐに解放の杖を仕舞い、その首輪も回収した。


「動けるか?」
「――あぁ。……声も出る。問題ない」


 虎の獣人が立ち上がり、その場で軽く体を動かす。


「本当なら、このまま人間共をぶち殺してやりたい気分だが……」
「おい……!」
「分かってる。やらねーよ」
「……冗談を言っている暇があるなら、さっさと脱出するぞ。既に脱出経路は確認済みだ。ついて来い」
「あいよ」


 こうして、それぞれ囚われの身から解放された獣人達は、彼らを解放した者達の案内に従い、こっそりと王都から脱出する。
 事前の入念な調査により、王都の兵士達の見回りルートを避けて脱出することができた。

 さらに、その日は普段よりも街の警備が手薄だった。王城に侵入者……ミュースが現れたことで、街よりも王城の警備を強化していたためである。

 もしも他に獣人が潜んでいれば、国王を含めた王族の身が危険だ、と考えた側近や近衛兵達が、街の警備よりも城内の警備を優先させたのだ。

 実際は、獣王国側としては王族の命を狙うよりも、同胞達を解放することを重視していたため、その判断はむしろ逆効果になってしまった。

 元奴隷達や諜報部隊の隊員達中でも信心深い何名かは、きっと獣神様のおかげだ、と自分達の幸運を神に感謝した。


 さて、肝心な脱出方法についてだが。それは、魔法で城壁の一ヶ所に穴を開け、そこから王都の外に出るという大胆な方法だった。

 それを可能にしたのは獣王軍第一旅団、魔法部隊隊長のエヴァンである。……ちなみに、ハルとトレスはオリソンテで留守番だ。

 王都の入り口から離れた場所を選び、魔法で城壁……否、正しくは城壁のに穴を開けた。その開け方もまた、大胆。

 土魔法のアース・ディプレッションによって、城壁が立っている地面の一部を陥没させ、さらにそれを土魔法で補強し、即席のトンネルを作り上げたのだ。
 念のために風魔法のウインド・サイレンスで、作業の音が周囲に漏れないように調節した。……あとは、その下をくぐり抜けて外に出るだけだ。

 諜報部隊の者が見張りに立ち、周辺を警戒する。その時に活躍したのが、とあるスキルを持っていた狐の獣人だった。
 そのスキルとは――幻想イリュージョン展観・ディスプレイ。所謂、幻術を操るスキルである。

 諜報部隊の一員である彼女は、たまに見回りの兵士がやって来た時に幻術を操り、兵士の目に幻を見せた。何の異常も起きていないと誤解させたのだ。
 その幻の先では、元奴隷達が静かに次々とトンネルをくぐっている。

 やがて。元奴隷達は全員、王都から脱出した。

 これ以降、狐の獣人はスキルを使用し、トンネル付近を通り掛かる者達に、幻を見せ続ける任務につく。
 このトンネルは次の作戦のためにも、このまま残して置くことになったのだ。



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