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ルベル王国編

獣人と人間の共同戦線【後編】

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 獣人は身体能力が高いから、トロールの体を駆け上がって頭を攻撃するという芸当が可能だが……人間は当然、そんなことができるはずが無い。

 そこで、まずは体勢を崩すことから始める。

 兵士達には、トロールの片足へ集中攻撃を仕掛けて欲しいと頼んだ。それに加えて、俺がその片足にデバフを掛ける。


「グオォォゥ!」


 それを繰り返していると、ついにトロールの体勢が崩れた。地面に膝をついている。今だ!


「魔法で動きを封じろ! 地面に釘付けにするんだ。何の属性でも構わない!」
「分かった!」
「任せろ!」


 魔法使い達に指示を出し、トロールの動きを封じてもらった。……あとは、ひたすら叩くだけだ!


「一斉攻撃だ!」
「よっしゃあ! 叩き放題!」
「魔法使いや弓使い、遠距離攻撃ができる者はトロールの目を攻撃しろ! 硬い皮膚よりもそっちの方が効果があるはずだ!」
「了解!」


 近接武器を持つ者はひたすら武器を振り、魔法使いや弓使い達は、トロールの両目に攻撃を殺到させる。俺はデバフ効果が切れる度に掛け直した。


(俺の魔力が底をつく前に、終わってくれるといいんだが……)


 以前編み出した、魔力の自然回復力を高める補助魔法も使っているが、デバフの方が魔力の消費量が多いからな。少ししか効果がない。
 かといって、デバフを止めるとトロールの力が戻ってしまい、彼らが不利になる。

 だが、どうやらその心配は不要だったらしい。


「――グオオォォォ……」


 次第に弱っていったトロールが、断末魔の声を上げて倒れる。勝ったんだ!
 その直後、獣人達が戦っていたトロールも倒れた。……これで、ようやく終わりか。


「……勝った! 勝ったぞ!」
「人間だけで倒せた! はははっ! やったぜ!」


 兵士達は大喜びだ。……対して、向こうにいる獣人達は呆然と彼らを見ている。


「マジか……本当に人間だけで倒したぞ、あいつら……」
「それに、俺達よりも僅かに早かった」
「嘘だろ……」


 きっと、この出来事は人間にとっても獣人にとっても、良いきっかけになってくれるはずだ。人間は自信を持ち、獣人は人間を見直すだろう。

 増援が来る前に倒して、死亡フラグはへし折ってやったぞ。ざまぁみろ――


「お、おい! あれを見ろ!」
「え? ……な、なんだあれ!」
「でけぇ……!」


 突然騒ぎ出した奴らが示す方向を見ると、森林の奥から今倒したばかりのトロールよりもデカい、大型のトロールが現れた。……多分、体長は七、八メートルほど。

 二体のトロールの断末魔が、奴を呼び寄せたのかもしれない。


(死亡フラグ様、一体ご案内!)


 お帰りはあちらです、さようなら。とっとと帰れ! ……と言ったら、帰ってくれるような魔物じゃねぇよなぁ……


「ユート、どうする?」


 アドルフが背を向けて俺の前に立ち、そう聞いてくる。……ふさふさの尻尾は忙しなく揺れていた。


「お前、楽しんでるな?」
「そりゃそうだろ。強敵のおかわりだ。まだまだいけるぜ」
「この戦闘狂め」
「俺は獣人の中じゃ比較的ましな方だ」
「嘘つけ! 狂狼の異名があるくせに何を――」
「アドルフ!」


 威厳のある声が聞こえた。……振り向くと、予想通りカルロスがいた。その側には、ジョニーを含めた多くの獣人達の姿が見える。増援だ!


「よく来たな、カルロス! あれを見ろ。大物だぜ!」
「……ほう。確かに大物だな。トロールの肉はオークほどではないが、そこそこ美味い。良い狩りになりそうだ!」


 領主様が凶悪面で笑っていらっしゃる。怖い。……しかし、今は頼もしい!


「アドルフ! 俺は今から全員に補助魔法を掛ける!」
「おう!」
「今残っている魔力を全部使うから、間違いなくぶっ倒れる。あとは頼んだ!」
「分かっ――はぁ?」


 素っ頓狂な声を出したアドルフを無視して、術式の展開と書き換えを行う。自主訓練を続けているおかげか、前回よりも早く詠唱に移ることができた。


「我が魔力よ、勇敢なる、戦士達へ……大いなる、力と……強靭な肉体を、与え、たまえ――マジック・エイド・スプレッド!」


 術式展開と書き換えの時点で魔力が消費されていたため、最後は疲労困憊のまま詠唱することになった。
 カルロス達が雄叫びを上げると同時に、膝から崩れ落ちる。そんな俺の体を、アドルフが受け止めてくれた。


「ユート!」
「……アドルフ……すま、ない……」
「馬鹿が、無茶すんな! おい、カルロス! 俺はこの馬鹿を安全な場所まで運んでくる。その間、この場を任せてもいいか?」
「うむ、行け! ……ユート。己を犠牲にしてまで我らに支援を行ってくれたこと、大いに感謝する。お前のその献身、無駄にはしない!」


 俺はアドルフに抱えられて、前線から離脱する。

 その後。アドルフはプラシノスの門の前に到着し、街の中に入ってすぐに俺を下ろした。俺は街の周囲を囲む防壁の内側に寄り掛かり、座り込む。


「ここで待ってろ。すぐに終わらせて戻って来る!」
「ん……」


 アドルフは前線に戻っていった。俺は目を閉じて体の力を抜き、魔力の回復に努める。……すると、横合いから声を掛けられた。


「お、お前……大丈夫か?」
「ぐったりしてるぞ……!」


 ゆっくりとそちらへ首を動かすと、先ほど逃げて行ったはずの木こり達がいた。


「あんた達、か……何で、ここに……?」
「……お前達が戦っている様子を、ここから見ていた」
「ここから森林の入り口までは見晴らしが良いから、よく見えるんだ」
「……今、戦況は……どう、なってる?」
「…………」


 俺の問いに黙り込んだ彼らは、困惑した様子で次々とこう言った。


「兵士達が、獣人族と共闘してる……」
「それも、かなり優勢だ。ちゃんと協力し合っているんだ」
「信じられない……あんな光景、一度も見たことがねぇよ!」
「ふ、ふ……そうか……」


 思わず口元が緩んだ。……その光景が目に浮かぶ。彼らは互いに文句を言い合いながらも、共に戦っているのだろう。


「人間って、獣人と肩を並べて戦うこともできるのか……」
「できるさ……彼らは人間も、獣人も――どちらも同じ、勇敢な戦士だから、な……」


 種族の差など関係ない。一度戦場に出てしまえば、彼らは皆同じ戦士になるのだ。


「…………オレ達は、誤解してたのか」
「兵士達は皆弱いから、獣人族に負けたんだと思い込んでいた。でもあいつらは、本当は獣人と共闘できるぐらいに強かったんだな……」
「獣人は、いざとなれば人間を見捨てるだろうと思っていた。……けど実際は、領主が自ら戦場に出て、この街を守ろうとしてくれている」
「どうすればいいんだ……」


 情けない顔をしている男達に向けて、俺は口を開く。


「まずは……お礼、だな」
「お礼?」
「彼らが、無事に街へ戻ってきたら……街を守ってくれたことに、感謝するんだ……お礼を、伝えるんだよ」
「感謝、か」
「そこから、やり直せばいい……あんた達はまだ、やり直せる。兵士達とも……領主様を含めた、獣人達とも……やり直せるぞ」
「まだ、やり直せる……」


 その時。歓声が聞こえた。


「……勝った、のか?」
「あぁ。勝った! あいつらがトロールに勝ったぜ!」
「良かった……!」


 木こり達が安堵のため息をついた。俺も同じため息をつく。


「……そうだ。まずはお前に言わねぇとな!」
「ん……?」
「ありがとう! お前とあいつらが戦ってくれたおかげで、この街は守られた!」
「ありがとう!」
「ありがとな、あんた!」
「……あ、あぁ……いや……うん……」


 ようやく多少は動くようになった腕を上げて、熱が集まる顔を帽子で隠した。……照れ臭かった。



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