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ルベル王国編
弱者の気持ち
しおりを挟むその後。気を取り直して見学を開始した俺達は、時々足を止めて住民達に話し掛けた。
彼らは獣人族のアドルフを見て怯えていたが、同じ人間である俺が説得することで、その警戒を解く。
住民達にいろいろと聞いてみたところ。彼らが特に恐れているのは、やはりカルロスだった。
あの顔と彼の強さが怖くて仕方ないという。他の獣人達を恐れているのも、下手な真似をしてカルロスに報告されたら、後で何をされるか分からなくて怖い。襲われるかもしれない、と思い込んでいるためだった。
それを聞いたアドルフが、さらに不機嫌になる。俺はそれを察して、早めに話を切り上げた。
住民達から離れて人気のない場所までやって来ると、苛立った狼が吠える。
「あのクソ人間共! カルロスのことを何だと思ってやがる! あの人は無闇やたらに人間を襲うような人じゃねぇんだよ!」
「……そうだな。俺もそう思う」
「だよな! あの人は優しい人だ! 自分を恐れている人間達のためにも、より良い街にしようと努力してるんだ! それをあの人間共は……!」
あえて、宥めるのではなく吐き出させることにする。……しばらくすると、落ち着いて静かになった。
「……ユート」
「何だ?」
「何か、良い方法はないのか? このままじゃカルロスが報われねぇよ……」
耳と尻尾を大きく下げて、珍しく気落ちした様子を見せるアドルフ。……こいつのためにも、何とかしてやりたいと思った。
「一つ、思い付いたことがある――」
「キキィッ!」
「あっ!」
その時。俺の頭から帽子が消えた。顔を上げると、一匹の猿が俺の帽子を持って木の上にいる。
「その帽子を返してくれ! それは借り物なんだ!」
「キィー!」
「あ、こら!」
エヴァンから借りた帽子を持ったまま、猿が逃げてしまった! 慌てて追い掛けようとすると、後ろから肩を捕まれた。
「俺が行く。お前はここから動くなよ!」
「えっ、ちょ、アドルフ?」
そう言うや否や、アドルフは猿を追うために走り去っていく――って、足が速い! もうあんな遠くまで行ったのか……
「さすが獣人……ん?」
そこへ、ある動物達がやって来た。……狼が二頭だ。どちらも茶色い毛に、緑色の瞳を持っている。大きさはアドルフが狼になった姿よりも、一回り小さい。
「どうした? 俺に何か用か?」
問い掛けても、無反応だ。俺のことを見つめたまま動こうとしない。……ふむ。
「もしや……ヘンリーとジョニーか?」
「!」
二頭揃って飛び跳ねて驚いた。どうやら、本当にヘンリーとジョニーだったらしい。二頭の体が光り輝き、次の瞬間には獣人の姿に戻っていた。
「ちっ……兄貴もいねぇし、動物の姿だったら油断して本性を現すかと思ってたのに」
「当てが外れたな。何でオレ達の正体が分かったんだ?」
「一度アドルフが、動物の姿から獣人の姿になるところを見せてくれたことがあったから、もしかしたらと思ってな」
「アドルフの兄貴が?」
「そんな馬鹿な! 嘘をつくな、人間。あれほど人間を嫌っていた兄貴が、そう簡単に獣人の秘術を明かすわけがな――」
「いいや。ユートの言葉は事実だ」
アドルフが戻って来た。……その手に持っていた帽子を俺に差し出したので、礼を言って受け取る。
「アドルフ。あの猿は?」
「取っ捕まえて帽子を取り返してから、脅しておいたぜ。そしたら一目散に逃げて行った」
「そ、そうか」
「……あ、兄貴。本当、なんですか? 兄貴がこの人間に秘術を明かしたって話は……」
「だから、本当だって言ってるだろ。……それよりも、てめぇらには言いたいことがある。さっきの住民達の言葉は聞こえていたよな?」
「え……そりゃあ……聞こえてましたけど……」
「あれが、住民達の本音。弱者の気持ちってやつだ。覚えておけ」
アドルフの口からそんな言葉が出てきたことに、俺は驚いた。
「俺もさっきまで、カルロスが誤解されていることに怒っていたけどな……この前、獣王様と話をした時に、弱者の気持ちについて聞いたことを思い出した」
「獣王様が……」
「あぁ。……弱者ってのは、圧倒的な力を見るとそれに怯えてしまうものなんだ。人間なんかは特にな。あいつらは俺達以上に、死ぬことを恐れるんだ。弱いから、いつ死んでもおかしくない……それを理解している」
「…………」
「だから、あらゆる意味で力を見せ付けられたことで、その矛先がいつか自分達に向けられるのではないかと、怯えているんだよ。それがさっきの話に繋がるわけだ」
「……なんでそう思ってるんだ?」
「あいつらが何もしないなら、獣人族だって何もしないのに。それがカルロスさんの命令で、獣王様からの命令でもあるしな」
「そのことを人間達に口で説明したり行動で示したりしたか? 一度ではなく、何度も」
「…………してない」
「それが、人間達の思い込みを長引かせている理由だ」
深く頷いたアドルフは、さらにこう続ける。
「カルロスは、この状況を良しとしていない。獣王様もそうだ。これを解決するには、カルロスの下にいる獣人達が人間の気持ちを……弱者の気持ちを、少しでも理解する必要がある。カルロスと獣王様のためにも、このことを頭に必ず叩き込め。他の獣人達にもそう伝えるんだ。……いいな?」
「――はい!」
どうやら、アドルフの話を聞いて思うところがあったらしい。双子は真剣に頷いていた。
(アドルフが、成長している……!)
まさか、こいつが弱者の気持ちを考えるようになるとは……! 獣王様と何を話したのだろう?
と、その時。アドルフと双子がばっと同じ方向へ振り返った。獣耳をピクピクと動かしている。
「何だ? どうした?」
「――悲鳴が聞こえる!」
…………トラブル発生か。
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