獣王国の外交官~獣人族に救われた俺は、狂狼の異名を持つ最強の相棒と共に、人間至上主義に喧嘩を売る!~

新橋 薫

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ルベル王国編

友達ごっこ終了?

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 たこ焼きを食べた後も、アドルフは俺をいろんな場所に案内してくれた。

 雑貨店、工房、武器屋に防具屋。……オリソンテには様々な店があり、そのほとんどで人間と獣人が何らかの交流をしていた。
 この街では、人間と獣人は対等であると見なされているらしい。

 王都ではあり得ない光景だ。むしろ王都の人間がこんな光景を見たら発狂するだろうな。


 あそこは狂信者共の巣窟だ。皆、怖いくらいにエクレール教に染まってしまっている。……俺を含めた、ごく僅かな人間を除いて。

 王都では、当たり前のように獣人が奴隷にされている。街を歩けば、道端で虐待されている獣人を見掛ける……なんてことはよくある話だ。

 しかし。王都のほとんどの国民達は、それを見て獣人を嘲笑う。表立って彼らを哀れむ者はいない。可哀想などと口にすれば最後、即座に拘束されて処刑コースだ。

 そんな殺伐とした場所と、俺が今日見た光景。……落差が激し過ぎる。


 憂鬱な気分になり、つい俯いてしまった。それに気づいたアドルフは俺を心配して、残り時間は静かな場所で休もうと、俺をその場所まで案内する。

 彼はちらちらと、俺の様子を窺いながら歩いている。……かなり心配させているようだ。申し訳ない。


「おい、大丈夫か? ……連れ回し過ぎたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。あなたのせいではありませんから。それよりも、せっかく案内していただいたのにご迷惑を……」
「だから、迷惑じゃねぇって言ってんだろ」


 領主の館付近に、人気の無い小さな広場があった。アドルフは、たまにここで休む時があるという。確かに、静かで良い場所だ。

 俺とアドルフは今、ベンチに座って会話している。


「……アドルフ殿」
「何だ?」
「獣人族が領主となった人間の街は、全てがオリソンテのように……獣人と人間の交流が進んでいるのですか?」
「……いや。まだ全てじゃない。未だに獣人を警戒し続けている人間達の街もある。領主を任された獣人達は皆、四苦八苦してるぜ。オリソンテはたまたま上手くいったんだ。商人達の街だからな」
「商人……なるほど。獣人への警戒よりも、獣人を受け入れることで生じる利益を優先させたわけですか。彼らは」
「そうだ」


 おそらく、今まで交流することができなかった者達との交易で得られる利益を求めて、彼らを積極的に受け入れることにしたのだろう。
 人間の商人達にとって、獣人達は新たなお得意様になったのだ。

 エクレール教なんざ関係ねぇ、と言わんばかりだな。さすが商魂たくましい。


「俺も聞きたいんだが、お前から見て王都はどんな様子だ?」
「……獣人のあなたには、できれば知って欲しくありません」
「酷い状況だってことはから、覚悟はできてるぜ。……それに、心配するな。お前から聞いた話は誰にも言わねぇ。それなら交渉に影響が出ることも無いだろう?」
「もう知ってる……?」
「……オリソンテに住んでる人間達から、王都の酷い噂話を聞いてな」


 本当に、それだけか? もしかして、王都には獣人側に寝返って情報を流している誰かがいるのか? もしくは、獣人側から誰かが潜入している……とか?

 いやいや、潜入は難しいだろ。獣人は獣耳や尻尾が付いていて、帽子や服で隠すのも無理があるだろうし……

 今は考えても無駄か。やめよう。


「いいから教えてくれよ。俺とお前の仲だろ?」
「どういう仲ですか、やめてください」
「つれねぇな……」
「かなり前から思っていましたけど、あなたってそんな人でしたか? 初対面で私の首に爪を立てきましたよね? 殺気をぶつけてきましたよね?」
「心から悪かったと思ってる。あの時は本当にすまなかった」
「潔い……! あ、ちょ、やめてください! 頭を上げてください!」


 アドルフは素直に謝り、俺に向かって深々と頭を下げた。俺は慌ててそれをやめさせた。まさか真面目に謝ってくるとは……!


「本当に、誰にも言いませんか?」
「言わねぇ。約束する」
「……分かりました。話しましょう」


 俺はアドルフに、王都の現状を語った。

 エクレール神殿の影響力の強さ。それによる狂信者の増加。奴隷になった獣人達の待遇の悪さ。
 少しでも獣人や魔族寄りの発言をしたり行動を取ったりすれば、処刑が待っていることなど。

 それを話し終えた後。深くため息をついた。……改めて考えると、本当に酷い街だな。

 もしも何も知らない人間が移住してきたら、一日目で処刑されるか、数日住み込んで精神崩壊するか、一週間住み込んで狂信者の仲間入りってところかな。

 おや、おかしいなぁ。希望がどこにも見えないなぁ。絶望だらけだなぁ。


 おっと、洒落にならない冗談は置いといて。


「私は、あんな扱いを受けている獣人達を見ることが辛いです。だから、オリソンテで獣人と人間が穏やかに交流している様子が羨ま――っ!」


 思わず、息を呑んだ。……何を言ってるんだ俺は! さっき散々甘えるなと自分を戒めたばかりなのに!

 口元を手で押さえた俺の顔を、アドルフが覗き込む。


「レイモンド? ……どうした? 真っ青だぞ!」
「いえ……何でも、何でもないんです……すみません」


 ――心を寄せるな。ほだされるな。アドルフ達に甘えてはいけない。彼らに迷惑を掛けるな。彼らを巻き込むな!

 ――これは俺の問題だ! 他人を巻き込もうとするな!


「お前……! 何でだ? 何でそんなに自分から不幸になろうとするんだよ……!」
(あ、しまった)


 今の、絶対聞かれたな。何でもないという言葉が、嘘だったから。

 アドルフは俺の肩を強く掴み、問い詰める。……肩が痛い。


「何故そこまで自分を追い込む? どうして俺達を――俺を信じてくれないんだ!」
「……アドルフ殿、離してください」
「お前が答えるまで離さない!」
「いっ……!」


 彼の爪が肩に食い込み、その痛みについ声が出てしまった。アドルフに気づかれたくなくて、それを噛み殺そうとしたが……失敗した。

 はっと我に返ったアドルフが、慌てて肩から手を離す。


「わ、悪い!」
「……いえ。お気になさらず」


 そう伝えるついでに、肩に触れて補助魔法で傷を治療した。……服にも少し穴が開いていたため、生活魔法を使おうとした。
 この魔法には服の汚れを落とすだけでなく、破れた部分を修復する効果がある魔法も含まれているのだ。

 しかし、俺がそれを使う前にアドルフがその魔法を使って俺の服を修復した。……そうか、獣人も生活魔法が使えるのか。

 お礼を言って顔を上げると、深紅の双眸と目が合った。……鋭い視線が刺さる。


「何故、自分から不幸になる道を選ぶ?」
「…………」
「何で俺を信用してくれないんだ……?」
「…………」


 ――違う。

 違うんだ、アドルフ。お前のことが信用できないわけじゃない。信用してはいけないんだ。
 信じてしまえば、俺はお前に甘える。そんな迷惑は掛けられない。お前とヴェーラ達だけは、他人のままでいてくれ。

 俺は誰かを頼ってはいけない。俺の問題は俺一人で抱え込まなくては。そうしないと、師匠のような犠牲者がまた――


「何も言ってくれねぇのか、てめぇは」
「……申し訳ありません。私はただ、あなたを巻き込みたくないだけです」
「……あぁ、そうかい。勝手にしろ」
「えぇ。勝手にしますよ」
「ちっ……帰るぞ」
「はい」


 先を歩くアドルフの後をついて行く。……彼はもう、振り返らない。


(これで、見限られたかな)


 きっと、もう関わってこないだろう。アドルフを巻き込まないで済むという安堵と……楽しい友達ごっこが終わることへの、悲しみ。

 俺の中で、そんな相反する感情が渦巻いていた。


 行きと同様に領主の館の裏口から入り、ヴェーラの下へ向かう。室内に入ると、ヴェーラとロッコが会話をしていた。


「おぉ、おかえり。レイモンド殿。オリソンテの街はどうだった?」
「とても良い街でした。見学できて良かったです。……良い経験になりました」
「そうか! それは何よりだ。アドルフも案内ご苦労……アドルフ? どうした?」
「機嫌が悪そうじゃのう?」
「……何でもねぇよ。後は任せる。しばらく一人にしてくれ」
「何? あ、おい!」


 ヴェーラの声も無視して、アドルフは部屋から出て行こうとする。……俺はその背中に声を掛けた。


「アドルフ殿。今日は、本当にありがとうございました。……あなたのおかげで、とても楽しい時間を過ごせましたよ」


 これは本心だった。あんなに楽しかったのは、師匠の下で修行していた学生の時以来だ。

 ただ散歩するだけで、あんなに楽しくなるなんて知らなかった。いや、忘れていた。

 前世では老後、妻と共に近所をゆっくり散歩することが日課だった。……その時に感じた楽しさを思い出せたような気がする。

 今世では父親の折檻や師匠の死、いろいろブラックな仕事場に、馬鹿な国王と馬鹿な側近達……総じて、エクレール教のせいで忘れてしまっていた物を、少しだけ取り戻すことができた。


 ――本当に、楽しかった。


 そして次の瞬間。急に振り返ったアドルフが、俺の胸ぐらを掴む。


「何で、どうしてお前は――!」
「アドルフ!」
「何をしとるんじゃ!」
「……ちっ!」


 それ以上言葉にすることは無く、アドルフは俺の胸ぐらから手を離した後に、部屋から出て行った。


「な、何なんだ一体……! レイモンド殿、アドルフがすまなかったな。大丈夫か?」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、彼を責めないであげてください。彼がああなったのは、私のせいなのです」
「何だって? アドルフと何があった?」
「申し訳ありませんが、それは言えません。……そろそろ時間ですね。今日はこれでお暇させていただきます」
「どうしても、言えないのか?」
「言えません」
「……はぁ…………分かった。また会おう」
「はい。失礼します」
「ならば、儂が見送ろう」


 見送りは遠慮すると伝えたのだが、ロッコは無理やりついて来た。部屋から出て廊下を歩き出すと、彼が口を開く。


「レイモンド君。君に一つ忠告しておこう」
「忠告?」
「うむ。……アドルフの打たれ強さを、甘く見るでないぞ」


 打たれ強さ? どういうことだ?


「彼奴は良い意味でも悪い意味でも、打たれ強い。一度決めたことはなかなか曲げようとしない。あの程度のいざこざだけでは諦めんぞ。……まぁ少々距離を取るようになるかもしれんが、それも最初だけじゃ。いずれまた元通りとなる」
「あの、何の話でしょう……?」
「もう分かるじゃろう? アドルフのようなオオカミ族に限らず、獣人の中でも肉食系の種族は、一度これと決めた獲物を絶対に逃がさん。そういう性質を生まれつき持っておる。……最終的には諦めが肝心じゃ」
「……そう言われても、私にも諦められない理由がありますので」
「頑固じゃのう……そういうところは、アドルフによく似ておる」


 ロッコの言葉には不安を抱いたが、俺はそれでも彼らを拒絶し続ける。この世界で失いたくないと思えた相手は、師匠以外ではアドルフ達が初めてだから。

 俺のことは放って置いてくれ。もう二度と、大切な誰かを失いたくないんだ!



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