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ルベル王国編
閑話:第一旅団幹部の集い~ターゲットは外交官~
しおりを挟むレイモンドの後ろ姿を見送ったアドルフは、ため息をついて振り返る。
「いつまでそこにいるんだ、てめぇら」
その声に応じて物陰から出てきたのは、ヴェーラとロッコに――
「あ? ――ミュース?」
「ん……数日振り」
「レイモンドの見張りは?」
「別の子に頼んだ……」
――鼠の獣人、ミュース。
茶髪のポニーテールに、赤褐色の瞳。細長い尻尾と、丸い耳が生えている小柄な彼女は、獣王軍第一旅団の諜報部隊隊長である。
ミュースはヴェーラの命令により、今まで影からレイモンドを見張っていたのだ。
そして今日、数日振りに戻って来た。
「ところで……レイモンド、って?」
「あぁ?」
「前は人間か、てめぇ、だった」
「…………別に、何て呼ぼうが俺の勝手だろうが」
「ふーん……」
「ほう……」
「ほほう……?」
そっぽを向くアドルフに、ミュース、ヴェーラ、ロッコがニヤニヤと笑う。
それに気づいた彼は、思い切り舌打ちした。それからミュースを見る。
「おい、ミュース! 何か用があってここに残ったんじゃねぇのか?」
「ん……そうだった。……団長、レイモンドについて報告が」
「そうか、分かった。部屋に戻ろう」
全員で先程までいた部屋に戻り、ミュースからの報告が始まった。
彼女は自分の目で見たこと……ルベル王国の現状や、奴隷にされてしまった同胞達の情報。
そして、レイモンドの身辺に関することを報告する。
当然ながら、レイモンドが拷問されていた時の様子についても。
「あの傷を負わせたのが、彼の父親……?」
「なんと、おぞましい……それでは虐待ではないか!」
「…………」
――バキッ!
そんな音と共に、アドルフが持っていたティーカップの取っ手が砕けた。
ティーカップが床に落ちる。幸いなことに、中身は無かった。既に飲み終わっていたようだ。
他の三人は、それに対してあまり動揺していない。まるで、いつものことと言わんばかりにロッコが無言で魔法を使用し、割れたティーカップを片付けた。
すると、ミュースが無表情で呟く。
「……アドルフ、怖い」
「うるせぇ。……で? あいつは抵抗してるのか?」
「……虐待に対しては抵抗してない。されるがままだった。……でも」
そこで言葉を切ったミュースが、複雑そうな表情で再び口を開く。
「……父親がレイモンドに言ってた。……私達に関する有力な情報を話せば、早めに解放してやる……って。……その時レイモンドは、何も話さなかった。何か一つでも話せば、解放されるかもしれないのに……ずっと、黙ってた」
「ふーむ。それは父親への反抗心によるものか? それとも儂ら……いや、正確にはヴェーラ団長とアドルフへの義理によるものか?」
「義理だな」
「義理だろう!」
「義理」
「うむ。儂もそう思う」
ロッコの疑問に、アドルフ、ヴェーラ、ミュースが揃って義理だと答え、疑問を口にしたロッコ自身もそれに賛同する。
「不思議じゃのう。儂らは全員、レイモンド君と出会って間もないというのに、揃って彼を信用しておる。……もしかすると、彼には儂らを惹き付ける何かがあるのかもしれんな」
実は、このロッコの推測が的中していたことが後に判明するのだが……それは、またいずれ。
「……それで、アドルフ。何故彼の後を追ったんだ? それに、お前があれ程の動揺を見せたことも珍しい」
「もしや――彼の本心が聞こえたのか?」
「……あぁ」
ロッコの問いに頷いたアドルフは、自身が耳にした内容を話す。
「あいつが俺達を拒絶したのは、嘘だった。本心は――心優しい俺達に迷惑を掛けたくない。頼むから放っておいてくれ……だとよ。だから俺は、何故そこまで俺達に迷惑を掛けることを拒むのかを聞くために、あいつの後を追ったんだ」
「何?」
「あくまでも拒絶するのは、自分のためではなく儂らのためか」
「でも、彼……他人だから、迷惑を掛けたくないって言ってた……」
「……ってことは、だ。――他人じゃなくなればいい。そう解釈することもできるよな?」
その言葉を聞いたヴェーラ達が、思わずアドルフを見ると……彼はニヤリと笑っていた。
「上等じゃねぇか。レイモンドがその気なら、俺だって勝手にやる。あいつが何度拒絶しても、離れなきゃいいんだ。接触回数を増やせば、その分相手も好意的になる。それが人の心理ってものだ……って、アルが前に言ってたぜ」
「獣王様が?」
「そういえば、アル坊は幼い頃からやけに人の心に詳しかったのう……」
アル――本名、アルベルトは現在の獣王国の王だ。
ロッコは先代の獣王、イグナーツの腹心であり、彼の息子であるアルベルトの教育係でもあった。
また、アドルフはとある事情から、アルベルトと兄弟のように共に育てられたため、アルベルトともイグナーツとも親しい仲である。
そしてロッコは、アルベルトと共にアドルフの教育も担当していたため、今では互いに気安い仲となっていた。
閑話休題。
「とにかく。レイモンドにはこっちから強引にでも関わって、他人以上の親しい関係になればいい。そうすれば、あいつが迷惑を掛けてもいいってことになるだろ?」
「アドルフ。それは屁理屈じゃぞ?」
「そんなことは分かってんだよ。それでも俺は勝手にやる。さっき決めた。で、ついでにレイモンドを獣人族側に引きずり込めばいい」
ヴェーラ達は驚愕した。彼ら三人の心情が一致する。
まさかこの男が特定の相手に、それも人間に対してここまで興味を持つとは……! と。
アドルフは、非常に用心深い男だ。
彼が気を許す相手は限られている。また、気を許した相手と許していない相手への扱いの差が激しい。
後者に対しては、かなり冷たい態度を取るのだ。
その彼が、まだ二回しか会っていない相手に強い興味を持ち、自分から関わろうとするどころか積極的に寝返らせようとしている。
こんなことは、今までに無かった。
「……アドルフ。何か変な物でも食べた……?」
「あ?」
「人間嫌いで警戒心も強いお前が、何故そこまでレイモンドを気にする?」
「お前はレイモンドから何を感じたのじゃ?」
続けざまにそう問われると、アドルフは少し考えるように腕を組み、目を閉じる。……やがて目を開くと同時に口も開いた。
「俺にもよく分からねぇ。ただ、ロッコ爺さんがさっき言ったように、あいつには俺達を惹き付ける何かがあるんじゃねぇかとは思う。それに……」
「……それに?」
「――何故かは知らねぇが、レイモンドはアルベルトと同じ匂いがする」
見た目や言動には全く共通点が見られない二人だが、何故か同じ匂いがする。……というのが、アドルフの直感だった。
「あいつなら多分、王国から獣王国に鞍替えしたとしても、うまくやっていけそうな気がするぜ。例え人間でもな」
「ふむ……」
「……まだ直接会ってないけど……彼なら、確かにそうかも……」
「そうじゃなぁ……」
最初はアドルフの言葉に驚いたものの、ヴェーラ達にはレイモンドを寝返らせることに反対する意思は無かった。
「……そうだな。私も初めて彼に会った時から、王国の外交官にして置くには勿体ない程の良い人間だと思っていた。彼を引き入れることに賛成する」
「私も賛成……レイモンドは良い人」
「うむ! 儂も賛成じゃ。彼は魔法にも理解のある青年のようじゃから、いつか語り合いたいのう」
彼らもまた、アドルフのようにレイモンドから感じる何かに惹き付けられ、彼を仲間にしたいと考えた。
彼が人間であることは、全く気にしていないようだ。
だが、懸念がある。ヴェーラはそれを話題に出した。
「しかし、いくつか問題があるぞ。まず獣王様が賛成してくれるかどうか……」
「アルなら俺が説得するぜ。そのうち直接会いに行って、レイモンドのことを詳しく話す。あいつならきっと、興味を持つはずだ」
「では、我々以外の同胞達に反対されたら……」
「獣人族は力が全てだ。反対する奴がいたら俺が捩じ伏せて回る」
「……エヴァンは?」
「あいつはジジイが賛成してるなら、そこまで文句は言わねぇだろ。……で、あいつを味方にすれば、第一旅団の部下達だって最終的には納得するだろ? 団長と幹部全員がレイモンドを認めたことになるからな」
エヴァンとは、第一旅団の魔法部隊隊長の名前である。彼はロッコの弟子でもあり、優れた魔法師だった。
「…………他の旅団は?」
「言っただろ? 力で捩じ伏せるってよ。そもそも他の旅団の団長達は全員、一回俺に負けてんだぜ?」
「そう、だったな……」
尽くアルベルトに論破されてしまったが……まだ、最大の懸念が残っている。
「では、レイモンド自身の説得はどうする? 今日の様子からして、彼は相当手強いぞ」
「団長の言う通りじゃ。今のままでは彼は心を許してくれないじゃろう」
「……難しい」
三人の言う通り、アドルフ達を突き放しているレイモンド自身が最大の壁だ。
彼の信頼を勝ち取らなければ、彼を仲間に引き入れることはできない。
アドルフも、それを理解していた。
「それは……まぁ、何とかする」
「アドルフ、お前まさか……」
「……無計画……?」
「アドルフ坊主……」
「何だよその目は。やめろ! とにかく俺が何とかして――」
「ヴェーラ団長。エヴァンです。中に入っても?」
その時。そんな声が扉の向こうから聞こえてきた。……ヴェーラが入室を許可すると、一人の男が入って来る。
癖の強い白髪に、丸く伸びた角。優しげな緑色の瞳。彼は羊の獣人だった。
そんな彼の肩に、黒い影。……黒猫だ。キリッとした目付きに、黄色の瞳。白い首輪を身に付けている。黒猫の尻尾は二股になっていた。
この黒猫の名前は、ハル。エヴァンの使い魔だ。
転生者であるレイモンドが彼女を見れば、えっ、猫又? と、首を傾げることだろう。
しかし、彼女は妖怪の猫又ではない。エヴァンの使い魔となった時に、彼の魔力を取り込んだ結果。自然と尻尾が二股となったのだ。
それ以来、彼女はいくつかの魔法を使用できるようになった。
なお。意志疎通が可能な相手は、今のところエヴァンだけである。
「おや? 皆さんお揃いで……何かあったんですか?」
「いいところに来たな。ちょっと話を聞け」
「はい?」
その後。アドルフ達四人は、レイモンドを仲間にするために、まずはエヴァンを味方にしようと説得を始めた。
エヴァンは彼らの必死な様子に驚き、その原因であるレイモンドに興味を持つ。
それから数日後、彼はレイモンドと出会い……使い魔であるハル共々、レイモンドが持つ何かに惹き付けられる。
そして出会ったその日のうちに、彼を仲間にしようというアドルフ達の意見に賛同したのだった。
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