上 下
6 / 129
ルベル王国編

晒される、忌々しい傷痕

しおりを挟む




「さて。さっそくじゃが、怪我を見せてくれ。儂は回復魔法も使えるのでな。任せなさい」
「……お気持ちは嬉しいのですが、治療についても遠慮させていただきます。時間は掛かりますが、私は補助魔法を使えば自分で治療できますから」
「ほう? 補助魔法の使い手か。それは重宝されるじゃろう」
「いえ、王国では補助魔法は役立たずだと言われています」


 王国では、攻撃能力がどれほど優れているのかで評価される。
 補助魔法や回復魔法などの、直接的な攻撃力を持たない魔法の使い手は、ほとんど評価されないのだ。補助魔法の使い手は特に。……所謂、不遇というやつだな。

 俺自身はともかく、補助魔法はもっと評価されてもいいんじゃないかと、常々思っている。

 この魔法は自分以外の誰かを支援する時に、その力を発揮する。身体能力の強化。怪我の治療や自己治癒能力の強化。
 さらに、まだまだ効果は弱いが、敵の身体能力の弱体化までできるようになった。

 RPGで言う、バフやデバフを使いこなすサポート要員的な役割だな。俺は直接自分で戦うよりも、そっちの方が得意だ。

 このサポートがあるか無いかによってかなり差が出るというのに、王国にはそれが理解できる人間が少ない。
 王国の貴族の子供が通う学校でも、支援関係の魔法や知識についてはあまり教えていなかったからな……

 だから、俺は独学で学ぶ羽目になった。……結果的にいろいろ学べたし、良い出会いもあったから良かったけどな。


「なんと。補助魔法のどこが役立たずだと言うのじゃ! あれほど役に立つ魔法は他にないぞ。獣人の身体能力を底上げしてくれる補助魔法の使い手達には、いつも助けられておる。そうじゃろう? お前達」
「全くだ。彼らのおかげで、私達はいつも以上の力を出せる」
「……まぁ、そうだな。その魔法に助けられていることは確かだ」
「うむうむ。君は補助魔法の使い手であることを誇っていいと思うぞ?」
「……ありがとうございます」


 思わず笑みが溢れる。王国では、面と向かってそんなことを言ってくれる人はいない。三人の言葉は素直に嬉しかった。


「しかし、じゃ。君のことを貶すつもりは無いが、補助魔法による回復は自身の怪我の治療には向いていない。それは分かっておるな?」
「はい。ですが、私はこの傷を誰にも見られたくないのです。特に、獣人であるあなた方には」
「どういうことだ? 何故私達には特に見られたくないと……?」
「これを見せたら間違いなく、不快な気分にさせてしまう。だから見せたくないのです。きっと誰もが不快に思うでしょうが、あなた方は特にそれが顕著になるはず」


 そうだ。こんな傷を……拷問された痕を、彼らの前に晒すわけにはいかない。
 彼らの同胞の中には、奴隷にされてしまった者達が大勢いるのだから。


「そこまで言われると、逆に見たくなったぜ。……取り押さえて無理やり上着を引き剥がしてやろうか?」
「!」
「こら、アドルフ! レイモンド殿を怯えさせるな!」
「大丈夫じゃよ、レイモンド君。このクソ坊主にそんなことはさせん。儂と団長が止めてみせる」


 自分の体を抱いてソファーの上で後退りすると、すかさずヴェーラとロッコがフォローしてくれた。
 俺の力じゃ獣人には敵わないからな。それは助かる。

 すると、アドルフが眉をひそめる。強面がますます強面になった。怖い。


「今のは冗談だ。本気でやるつもりはねぇよ」


 嘘だ。絶対嘘だ! こいつならやってもおかしくない!


「今のが冗談だと?」
「相変わらずたちが悪過ぎるぞ、アドルフ坊主……本当に冗談じゃったのか?」
「半分な」
「つまり半分は本気ってことですよね……?」
「てめぇがどうしても治療を拒否するっていうなら、本気でやるつもりだが?」


 意訳――次は無い。

 頭の中で勝手にそう変換された。多分これは本気だ。次に拒否したら今度こそ無理やり服を脱がされる……!

 そうなるぐらいなら、大人しく降参して、自分から傷口を見せた方が身のためか。仕方ないな。


「分かりました、自分で脱ぎますよ。……ロッコ殿。申し訳ありませんが、治療をお願いいたします」
「うむ。儂に任せるがよい。アドルフが迷惑を掛けてすまんのぉ……」
「いえ……」


 苦笑いしながら、俺は自分の上着に手を掛けた。

 しかし。ふと気がついたことがあったので、ヴェーラに声を掛ける。


「あの、ヴェーラ殿……」
「何だ?」
「獣人族の文化はよく知らないのですが、私としては傷の有無関係なしに女性に裸を見られるのは困ります……」
「あっ」


 すると、彼女は顔を真っ赤にして俺に背を向けた。


「す、すまない! 私は後ろを向いているから!」
「……別に、同じ獣人族の上半身裸なら見慣れてるだろうが。俺達は違うが、他の旅団にはやけに露出が多い奴らがいるしよ。それに、お前は男女――」
「何か言ったか? アドルフ……」
「…………何も言ってねぇよ」


 今の会話で、二つ分かったことがある。

 一つは、男の裸に対して、獣人族の女性も人間の女性と同じように羞恥心を感じるということ。
 それからもう一つは……ヴェーラにとって、男女というワードは禁句であるということ。

 ついでに、彼女を怒らせるとまずいことになりそうだ。狂狼の異名を持つ男が一瞬引いていたからな。

 え? 獣人族の露出の多い奴ら? その情報はどうでもいい。


「えー……とりあえず、上着脱ぎますね」


 俺は自分でそうなるきっかけを作っておきながら、その微妙な空気に耐えられなくなり……一度声を掛けてから服を脱いで、上半身裸になった。


「――これ、は……」
「おいおい、こいつは……」
「な、何だ? どんな怪我だった?」
「……一言で言えば、俺達が悪い意味で見慣れている痕、だな。忌々しくて反吐が出るぜ」
「悪い意味…………まさか」
「あ、待ってくださいヴェーラ殿!」


 振り向こうとしたヴェーラを止めようとしたが、彼女は聞いてくれなかった。……空色の瞳がカッと見開かれる。

 ヴェーラさんヴェーラさん。思い切り瞳孔開いてますよ? まるで猫の目のよう――

 おっと。そういえば猫科の獣人だったな。


「鞭打ちされた痕か、これは……」


 彼女の言う通り、俺の上半身には鞭打ちされた痕が残っていた。包帯が巻かれているものの、そこからはみ出ている痕は隠しようが無い。


「……なるほど。儂らに頑なに傷を見せようとしなかったのは、これのせいじゃったか。儂らの同胞の中には、奴隷にされていた時に同じような傷痕が残ってしまった者がおるからのう……おっと。早く治療してやらんとな」


 ロッコが杖をかざし回復魔法を使用すると、傷はすぐに癒えた。早い!

 王国の回復魔法使いでも、ここまで早く治療することはできないだろう。
 この魔法は発動させるまでの術式の組み立てが難しく、どうしても時間が掛かってしまうものなのだが……

 いや。俺は発動までの時間を短縮する方法を、一つだけ知っている。今は亡き師匠から学んだ方法だ。


「――術式を、書き換えた……?」
「ほう? 分かるのかね?」
「はい。学生時代に、今は亡き師匠からその方法を学んだ経験があります」
「なんと! しかし既に亡くなったとは残念じゃのう。その者と魔法について語り合いたかったわ……」
「そうですね。師匠もエクレール教には賛同していませんでしたから、もしかしたらロッコ殿と話が合ったかもしれません」
「むう。それはますます残念じゃ。人間の寿命は短いから仕方ないことじゃが……ところで、君の師匠は術式の書き換えについてどのような見解を――」


 あ、話が長くなりそうな予感。


「あー、ロッコさん? 今は魔法の話は遠慮してくれ」
「ジジイは話が長過ぎてしょうがねぇ……特に、魔法については延々と話し続けるからな」
「何じゃと? 魔法について語って何が悪い?」
「今は他に優先すべきことがあるだろう?」


 しかしそうなる前に、ヴェーラとアドルフが止めてくれた。危ないな。ロッコは師匠と同じで話が長くなる老人のようだ。

 学生時代はあの老婦人の長い話を、いかに切り良く止めるかに気を使っていたなぁ……若者は辛い。

 まぁ、俺も一度死んで転生したとはいえ、精神的には老人なんだが。


「では、レイモンド殿。怪我も治ったところで、さっそく聞きたいことがあるのだが」
「あの……その前に、包帯を外して服を着たいのですが――」
「失礼した!」


 ヴェーラが再び顔を真っ赤にして、こちらに背を向けた。

 先程も思ったが、意外にうぶだな。この虎娘。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治
ファンタジー
生前、神官の策に嵌り王命で処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、意図せず転生してしまう。 ジェイクを転生させた女神・ベルメアから、神昇格試練の話を聞かされるのだが、理解の追いつかない状況でベルメアが絶望してしまう蛮行を繰り広げる。 神官への恨みを晴らす事を目的とするジェイクと、試練達成を決意するベルメア。 一人と一柱の前途多難、堅忍不抜の物語。 【【低閲覧数覚悟の報告!!!】】 本作は、異世界転生ものではありますが、 ・転生先で順風満帆ライフ ・楽々難所攻略 ・主人公ハーレム展開 ・序盤から最強設定 ・RPGで登場する定番モンスターはいない  といった上記の異世界転生モノ設定はございませんのでご了承ください。 ※【訂正】二週間に数話投稿に変更致しましたm(_ _)m

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...