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ルベル王国編
晒される、忌々しい傷痕
しおりを挟む「さて。さっそくじゃが、怪我を見せてくれ。儂は回復魔法も使えるのでな。任せなさい」
「……お気持ちは嬉しいのですが、治療についても遠慮させていただきます。時間は掛かりますが、私は補助魔法を使えば自分で治療できますから」
「ほう? 補助魔法の使い手か。それは重宝されるじゃろう」
「いえ、王国では補助魔法は役立たずだと言われています」
王国では、攻撃能力がどれほど優れているのかで評価される。
補助魔法や回復魔法などの、直接的な攻撃力を持たない魔法の使い手は、ほとんど評価されないのだ。補助魔法の使い手は特に。……所謂、不遇というやつだな。
俺自身はともかく、補助魔法はもっと評価されてもいいんじゃないかと、常々思っている。
この魔法は自分以外の誰かを支援する時に、その力を発揮する。身体能力の強化。怪我の治療や自己治癒能力の強化。
さらに、まだまだ効果は弱いが、敵の身体能力の弱体化までできるようになった。
RPGで言う、バフやデバフを使いこなすサポート要員的な役割だな。俺は直接自分で戦うよりも、そっちの方が得意だ。
このサポートがあるか無いかによってかなり差が出るというのに、王国にはそれが理解できる人間が少ない。
王国の貴族の子供が通う学校でも、支援関係の魔法や知識についてはあまり教えていなかったからな……
だから、俺は独学で学ぶ羽目になった。……結果的にいろいろ学べたし、良い出会いもあったから良かったけどな。
「なんと。補助魔法のどこが役立たずだと言うのじゃ! あれほど役に立つ魔法は他にないぞ。獣人の身体能力を底上げしてくれる補助魔法の使い手達には、いつも助けられておる。そうじゃろう? お前達」
「全くだ。彼らのおかげで、私達はいつも以上の力を出せる」
「……まぁ、そうだな。その魔法に助けられていることは確かだ」
「うむうむ。君は補助魔法の使い手であることを誇っていいと思うぞ?」
「……ありがとうございます」
思わず笑みが溢れる。王国では、面と向かってそんなことを言ってくれる人はいない。三人の言葉は素直に嬉しかった。
「しかし、じゃ。君のことを貶すつもりは無いが、補助魔法による回復は自身の怪我の治療には向いていない。それは分かっておるな?」
「はい。ですが、私はこの傷を誰にも見られたくないのです。特に、獣人であるあなた方には」
「どういうことだ? 何故私達には特に見られたくないと……?」
「これを見せたら間違いなく、不快な気分にさせてしまう。だから見せたくないのです。きっと誰もが不快に思うでしょうが、あなた方は特にそれが顕著になるはず」
そうだ。こんな傷を……拷問された痕を、彼らの前に晒すわけにはいかない。
彼らの同胞の中には、奴隷にされてしまった者達が大勢いるのだから。
「そこまで言われると、逆に見たくなったぜ。……取り押さえて無理やり上着を引き剥がしてやろうか?」
「!」
「こら、アドルフ! レイモンド殿を怯えさせるな!」
「大丈夫じゃよ、レイモンド君。このクソ坊主にそんなことはさせん。儂と団長が止めてみせる」
自分の体を抱いてソファーの上で後退りすると、すかさずヴェーラとロッコがフォローしてくれた。
俺の力じゃ獣人には敵わないからな。それは助かる。
すると、アドルフが眉をひそめる。強面がますます強面になった。怖い。
「今のは冗談だ。本気でやるつもりはねぇよ」
嘘だ。絶対嘘だ! こいつならやってもおかしくない!
「今のが冗談だと?」
「相変わらずたちが悪過ぎるぞ、アドルフ坊主……本当に冗談じゃったのか?」
「半分な」
「つまり半分は本気ってことですよね……?」
「てめぇがどうしても治療を拒否するっていうなら、本気でやるつもりだが?」
意訳――次は無い。
頭の中で勝手にそう変換された。多分これは本気だ。次に拒否したら今度こそ無理やり服を脱がされる……!
そうなるぐらいなら、大人しく降参して、自分から傷口を見せた方が身のためか。仕方ないな。
「分かりました、自分で脱ぎますよ。……ロッコ殿。申し訳ありませんが、治療をお願いいたします」
「うむ。儂に任せるがよい。アドルフが迷惑を掛けてすまんのぉ……」
「いえ……」
苦笑いしながら、俺は自分の上着に手を掛けた。
しかし。ふと気がついたことがあったので、ヴェーラに声を掛ける。
「あの、ヴェーラ殿……」
「何だ?」
「獣人族の文化はよく知らないのですが、私としては傷の有無関係なしに女性に裸を見られるのは困ります……」
「あっ」
すると、彼女は顔を真っ赤にして俺に背を向けた。
「す、すまない! 私は後ろを向いているから!」
「……別に、同じ獣人族の上半身裸なら見慣れてるだろうが。俺達は違うが、他の旅団にはやけに露出が多い奴らがいるしよ。それに、お前は男女――」
「何か言ったか? アドルフ……」
「…………何も言ってねぇよ」
今の会話で、二つ分かったことがある。
一つは、男の裸に対して、獣人族の女性も人間の女性と同じように羞恥心を感じるということ。
それからもう一つは……ヴェーラにとって、男女というワードは禁句であるということ。
ついでに、彼女を怒らせるとまずいことになりそうだ。狂狼の異名を持つ男が一瞬引いていたからな。
え? 獣人族の露出の多い奴ら? その情報はどうでもいい。
「えー……とりあえず、上着脱ぎますね」
俺は自分でそうなるきっかけを作っておきながら、その微妙な空気に耐えられなくなり……一度声を掛けてから服を脱いで、上半身裸になった。
「――これ、は……」
「おいおい、こいつは……」
「な、何だ? どんな怪我だった?」
「……一言で言えば、俺達が悪い意味で見慣れている痕、だな。忌々しくて反吐が出るぜ」
「悪い意味…………まさか」
「あ、待ってくださいヴェーラ殿!」
振り向こうとしたヴェーラを止めようとしたが、彼女は聞いてくれなかった。……空色の瞳がカッと見開かれる。
ヴェーラさんヴェーラさん。思い切り瞳孔開いてますよ? まるで猫の目のよう――
おっと。そういえば猫科の獣人だったな。
「鞭打ちされた痕か、これは……」
彼女の言う通り、俺の上半身には鞭打ちされた痕が残っていた。包帯が巻かれているものの、そこからはみ出ている痕は隠しようが無い。
「……なるほど。儂らに頑なに傷を見せようとしなかったのは、これのせいじゃったか。儂らの同胞の中には、奴隷にされていた時に同じような傷痕が残ってしまった者がおるからのう……おっと。早く治療してやらんとな」
ロッコが杖をかざし回復魔法を使用すると、傷はすぐに癒えた。早い!
王国の回復魔法使いでも、ここまで早く治療することはできないだろう。
この魔法は発動させるまでの術式の組み立てが難しく、どうしても時間が掛かってしまうものなのだが……
いや。俺は発動までの時間を短縮する方法を、一つだけ知っている。今は亡き師匠から学んだ方法だ。
「――術式を、書き換えた……?」
「ほう? 分かるのかね?」
「はい。学生時代に、今は亡き師匠からその方法を学んだ経験があります」
「なんと! しかし既に亡くなったとは残念じゃのう。その者と魔法について語り合いたかったわ……」
「そうですね。師匠もエクレール教には賛同していませんでしたから、もしかしたらロッコ殿と話が合ったかもしれません」
「むう。それはますます残念じゃ。人間の寿命は短いから仕方ないことじゃが……ところで、君の師匠は術式の書き換えについてどのような見解を――」
あ、話が長くなりそうな予感。
「あー、ロッコさん? 今は魔法の話は遠慮してくれ」
「ジジイは話が長過ぎてしょうがねぇ……特に、魔法については延々と話し続けるからな」
「何じゃと? 魔法について語って何が悪い?」
「今は他に優先すべきことがあるだろう?」
しかしそうなる前に、ヴェーラとアドルフが止めてくれた。危ないな。ロッコは師匠と同じで話が長くなる老人のようだ。
学生時代はあの老婦人の長い話を、いかに切り良く止めるかに気を使っていたなぁ……若者は辛い。
まぁ、俺も一度死んで転生したとはいえ、精神的には老人なんだが。
「では、レイモンド殿。怪我も治ったところで、さっそく聞きたいことがあるのだが」
「あの……その前に、包帯を外して服を着たいのですが――」
「失礼した!」
ヴェーラが再び顔を真っ赤にして、こちらに背を向けた。
先程も思ったが、意外にうぶだな。この虎娘。
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