獣王国の外交官~獣人族に救われた俺は、狂狼の異名を持つ最強の相棒と共に、人間至上主義に喧嘩を売る!~

新橋 薫

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ルベル王国編

嘘つき外交官と見破る狂狼

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 初外交からなんとか生還し、国王と側近達に報告した日から、数日後。

 俺は再び馬車に乗って、オリソンテに来ていた。……父親から受けた折檻の傷は、まだ完全には癒えていない。

 補助魔法を使って少しずつ治療を続けているが、今回は久々の折檻だったせいか、父親は手加減に失敗したようだ。
 かなり痛かったし、傷の治りも遅い。ただでさえ、補助魔法による治療は自分の怪我の治療には向いていないというのに……


 とは言え。今回は俺の方にも原因がある。

 父親は折檻中に、獣人に関する有力な情報を話せば、早めに解放してやる、と言った。
 確かに、初外交で手に入れた情報の中には、まだ誰にも話していない有力な情報がいくつかあった。

 例えば、ヴェーラのことやアドルフのこと。それに、獣王国と魔王国が同盟を結んだ理由。

 それを話せば、この拷問から解放される。

 しかし俺は、その情報を隠した。何も話さず、いつも通り父親が満足するまで耐えることにしたのだ。


(――彼らは人間から酷い仕打ちを受けたにも関わらず、同じ人間である俺の言葉に耳を傾けてくれた)


 狂狼と呼ばれている、あのアドルフでさえも。

 爪を立てたり、殺気を向けてきたりしたが、それでも俺の言葉を聞いてくれていた。俺を問答無用で殺すこともなかった。

 この外交で確信したのだ。――彼らは、話せば分かってくれる人達なのだと。

 エクレール教の信者達が言うような、野蛮な種族ではない。ちゃんとした理性を持った種族なのだ。

 この分だと、魔族が邪悪で残酷な種族だという話も信用できないな。ヴェーラの話からして、今代の魔王は平和を好んでいるようだから……

 あ、話がずれたな。


 そういうわけで、俺は何も話さなかったのだが……それに苛立った父親が、何としても情報を吐かせようと力を入れた結果。手加減に失敗し、俺が痛みで気絶するまで拷問してしまった。

 いつもなら二、三日で治療し終わる拷問の傷が、まだ残っている。動くと傷が開くこともあるため、自分で包帯を巻いてある。

 傷口が痛むが……この外交は俺の仕事だ。もしも俺がこの仕事から下りたら、今度こそ王国が簡単に滅んでしまうかもしれない。

 ヴェーラはきっと本気だ。外交官が別の人間に変わったら、二度と交渉に応じてくれないだろう。


 やがて、領主の館に到着。馬車から降りて中に入ると、アドルフが待っていた。


「こんにちは、アドルフ殿。数日振りですね。……わざわざ待っていてくれたんですか?」
「ボスの命令で案内しろと言われただ、け……」
「……どうしました?」


 突然黙り込んだアドルフは、少しだけ顔を寄せて匂いを嗅ぐ。……何故か、俺の体の匂いを。何か臭うのか? 俺。

 おかしいな。今朝に生活魔法を使って、体を綺麗にしたばかりなんだが。

 生活魔法には体を清潔に保ってくれる魔法も含まれており、これを使用すると、一週間ほど効果が持続するのだ。
 自分の体だけでなく服にも使える便利な魔法で、風呂に入る必要は無くなるし、洗濯する必要もなくなる。

 しかし元日本人としては、いつかこの世界で温泉に入りたいという、ちょっとした願望がある。

 この世界に温泉があるかどうかは、分からないが。


 閑話休題。


「あの、アドルフ殿?」
「――血の匂いがする」


 あっ、そうか! 獣人だから鼻も利くのか! さて、どうやって誤魔化す?


「……おい。どっか怪我してんのか?」
「いいえ? してませんよ」


 嘘です。上半身が傷だらけです。


「なるほど、嘘だな」
「え?」
「……この俺に対して嘘をつくとは、良い度胸だ、なっ!」
「え、ちょっ――いた、痛い!」


 アドルフが俺の体を掴み、俵担ぎにした! 怪我に響いて思わず痛みを訴えた。


「……ほらな。痛いってことは怪我してるってことだろうが」
「いきなり何をするんですか? 下ろしてください!」
「却下」
「はぁ? ……あ、ちょっと、どこに行くんです?」
「どこって、ボスのところだろうが。てめぇは何のためにここに来たんだ?」
「そりゃ、交渉のためですけど、俵担ぎする必要は――」
「怪我人は大人しく運ばれてろ」


 駄目だこの狼! 人の話を聞いてない。

 一体誰だよ、話せば分かってくれる人達だって言ったのは?


 (――あっ。俺だ)


 領主の館にはアドルフとヴェーラ以外にも、数人の獣人がいる。彼らは皆、俺がアドルフに俵担ぎされている様子を二度見していた。

 それにも構わずスタスタと歩き……ヴェーラがいる部屋に到着した。彼女は顔を上げると、俺達を見てぎょっとする。


「ど、どうしたのだレイモンド殿! アドルフも何をやっている?」
「……ジジイを呼んでくる。こいつは任せた」
「ロッコさんを? 何故……あ、待てアドルフ!」


 俺をソファーの上に下ろした後。彼はさっさと部屋から出て行ってしまう。
 しかし驚いたことに、アドルフは俺を雑に下ろすのではなく、慎重に下ろしてくれた。案外優しい奴なのかもしれない。


「レイモンド殿。一体何があったのだ?」
「…………それが――」


 ヴェーラに、ここに来るまでの経緯を話した。彼女は目を見開く。


「そうか。あいつがそう判断したということは、貴殿が怪我をしているのは事実だな。……確かに血の匂いがする」


 獣耳の美女が顔を寄せて俺の匂いを嗅ぐ。……止めてくれ。色っぽい。

 まぁ、前世の最愛の妻の方がもっと色っぽいし、美人だが。


 おっと。それよりも疑問に思ったことがある。ヴェーラに聞いてみるとしよう。


「ヴェーラ殿。少々お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何だ?」
「……私が怪我をしていることを隠そうとして、嘘をついた時。アドルフ殿は何故か、それが嘘であるとすぐに確信していました」
「む……」
「自分で言うのもなんですが、私は本心を隠すことに慣れています。これでも貴族ですから。普段から感情をあまり表に出さないよう、心掛けているのです。自惚れているつもりはありませんが……だからこそ、こうして簡単に見破られてしまったことが不思議でした。……ヴェーラ殿は、このことについて何かご存知ですか?」
「そ、それは……だな……」


 ヴェーラの目が泳いでいる。やっぱり何か知ってるな? ということは、アドルフが俺の嘘を見破ったのは、少なくとも偶然ではないのか。

 何らかの魔法か? 例えば、獣人族しか使えない魔法があるとか?

 あるいは――スキルか、ギフトか?


 スキルとは、この世界の生物が先天的に取得している能力の総称だ。

 しかし、全ての生物がこのスキルを取得しているわけではない。むしろ、俺のように何も取得していない者の方が多い。

 スキルの有無とその内容については、鑑定魔法という魔法を使うと判明する。
 この魔法を使える者は、各地の教会に必ず一人は所属している。この世界では、赤ん坊が生まれたら教会に行って、スキルの有無を確かめることが定番だ。

 しかし、そのスキル以上に取得する者が少ないのが、ギフトだ。


 ギフトとは、この世界の生物が後天的に取得する能力の総称であり――この世界にいる神によって、授けられる能力のことである。

 これも鑑定魔法で判明するが、そもそも取得する者がかなり少ないので、長年魔法使いをやっているベテランでも、見たことが無いという人の方が多いそうだ。

 だが、実在していることは確かだという。

 ギフトについて記されたとある書物には、神の加護と共にギフトを授けられる者もいれば、加護のみを授けられる者もいる。授けられる直前に、神の声が聞こえる。……と、書かれているらしい。


 ギフト保持者はかなり珍しいと聞くし、あるとすればスキルかな?

 シンプルに――嘘を見破るスキル、とか。


「……ヴェーラ殿。アドルフ殿はもしかして――」
「ヴェーラ団長、入ってもいいかの?」
「ろ、ロッコさんか。いいぞ、入ってくれ」


 俺がもう少しヴェーラに話を聞こうとしていたタイミングで、扉の向こうから声が聞こえた。彼女はこれ幸いと入室を許す。

 扉を開けてアドルフと共に入って来たのは、白髪に細目の男の老人だった。
 頭には二本の角と細長い耳がついていて、眼鏡を掛けている。……これは一目で分かるぞ。山羊の獣人だ。


「アドルフに呼ばれて来たんじゃが……そちらの青年が怪我人かな?」
「あぁ。先ほどから血の匂いがするんだ。見てやってくれ」
「……怪我をしているのは上半身だ。下半身よりも上半身を庇ってたぜ」


 うわ、バレてる。さすが、目の付け所が違うな……


「うむ、分かった。とりあえず自己紹介からじゃな。儂は獣王軍第一旅団所属の魔法師……おっと、王国では魔法使いじゃったか? ……の、ロッコじゃ。気軽にロッコ爺とでも呼んでくれ」
「外交官のレイモンド・ベイリーと申します。初めまして、ロッコ殿。……申し訳ありませんが、その呼び方は遠慮させていただきます」
「そうか……残念じゃが諦めるとしよう。アドルフの坊主のように、ジジイと呼ばれるよりはましじゃ」
「誰が坊主だクソジジイ」
「誰がジジイじゃクソ坊主」


 互いに罵倒しているが、気安さを感じる。この二人は付き合いが長そうだな。
 不良の孫と、それに対抗する元気なおじいちゃん……そんなイメージが頭に浮かんだ。



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