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ルベル王国編

生還した外交官

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 自分の首に鋭い爪を立てられた俺は、冷や汗を流しながら誤解を解こうと試みる。


「……アドルフ殿。私にはあなたとヴェーラ殿に敵対するつもりはありません。信用できないようでしたらそのままでも結構ですが、を取り出すだけですので許してくれませんか?」
「…………さっさと出せ」


 良かった。許してくれた。

 お許しが出たので、懐から鞘に入れられた短剣を取り出す。それをすぐに目の前のテーブルに置き、両手を上げた。


「ヴェーラ殿は、この短剣で外交官達に攻撃されたのでは?」
「……あぁ、そうだ。それで攻撃されて、やむを得ず拘束し……いろいろあったが、最終的に殺した。全員だ」
「やはりそうでしたか……」


 いろいろとは、まさか拷も――いや止めておこう。触らぬ神に何とやら、だ。


 この短剣は、王国を出る前に父親から渡された物だ。

 交渉が決裂したら、この短剣で獣人側の代表者を殺せ、と命令された。どうやら他の外交官も、全く同じ命令を受けていたらしい。

 ついでに、外交も含めたこの任務を断れば殺す、と脅された。実の息子を脅すなんて、父親の風上にも置けないな。

 クズな父親は、あれでも魔法使いの端くれ。補助魔法しか使えない俺が、敵う相手ではなかった。


「私も他の外交官達も、交渉が決裂した時は、この短剣で獣人側の代表者を殺せと命じられていました」
「あぁ。それは他の外交官達からも聞き出した」
「そうですよね……しかし、それなら何故、最初に短剣を回収しなかったのですか? それどころか、身体検査も無かった」


 そうそう。領主の館に入った時に回収されるはずだと思っていたのに、特に何も無くて驚いたんだ。あれは何故だ?


「……試したのだ。貴殿ら、王国の人間を」
「試した?」
「うむ。貴殿らに、我々とまともな交渉をする気があるのかどうかを、試した」


 ヴェーラは、最初の外交官が来た後。王国の人間を試してみようと考えたそうだ。

 懐に短剣を忍ばせていてもわざと見逃して、ヴェーラの前に連れて行き、外交官が獣人を見下すことも無く、真面目に交渉を始めるのであれば、それに応じるつもりでいたらしい。


「しかし、どの外交官もエクレール教に染まりきっていたのか、全員が私を殺そうとした。次に外交官が来た時も同じことになったら……獣王様には申し訳ないが、そちらの交渉には二度と応じないつもりでいた」


 セーフ! 危なかった。俺が次で良かった!

 他のエクレール狂信者が外交官になっていたら、滅亡までノンストップだった!


「……さて。脱線してしまったが、改めてそちらの用件を聞かせてくれ」


 ようやく第二段階だ。……どうかこの書状のせいで殺されませんように。


「まずは、王国側から預かった書状をご覧ください。こちらです」
「……うむ。確かに受け取った」
「初めに謝罪します。……書状の内容は、あまりにも無茶な要求です。本当に申し訳ございません」
「……分かった。覚悟しておこう」


 書状を開き、読み始めた。……やがて、怒りのあまりわなわなと震え出す。


「……何だこの書状は! 今までに勝ち取った土地だけでなく、我々が奴隷の身分から解放した同胞達まで返せとは、一体どういうつもりだ? その上、要求に応じた暁には、我々を王国の国民として迎え入れてやる、だと……?」


 それは、酷過ぎる要求だった。国王の馬鹿とその側近の馬鹿は、自分達がどういう立場なのかをまるで理解していない。

 そんな要求をしても獣人を怒らせるだけなのに、何故それが分からない? これも、エクレール教の人間至上主義のせいだろうか?


「本当に、申し訳ありません……!」


 俺は必死に頭を下げた。

 背後から重い殺気を感じる。首に掛かっていた手は既に外れているものの、油断はできない。


「あ、あぁ……すまないレイモンド殿。悪いのは貴殿ではなく、貴殿の上の人間だ。そんなに謝らないでくれ。……しかし分かっているだろうが、この要求は全て却下だ」
「はい……」


 うん。当たり前だな。どう考えても狂った要求だ。


「奴隷にされていた同胞を返せ、という要求は言わずもがな。また、我々が王国の国民になることは、エクレール教が存在し、我々が迫害を受け続けている限り……絶対にあり得ない」


 多分、国王とその側近達は、獣人族との戦争で失われた戦力を補充したいのではないだろうか?
 彼らが万が一要求を受け入れたとしても、国民という名の奴隷扱いが待っているだろう。


「そして、土地を返せという要求については……そもそもルベル王国の方が、最初に我々の大切な同胞を奪って行ったのだから、今さらそんな要求を聞けるはずが無い。奪うなら、そちらも奪われる覚悟を持ってくれ」


 はい、ごもっとも。実に軍人らしい言い分だ。素晴らしい!
 それに比べて、こっちのトップは情けないな……


「それに……我々は戦争を始める前に、必ずこう伝えている。我々の同胞達を全て解放し、二度と我々の土地に近付かないと誓えば、王国側への侵攻を止める、とな」


 えっ? ……何だって?


「ヴェーラ殿。それは、いつ頃から伝えていますか?」
「む? ……最初からだ。今代の獣王様は、同胞の被害も人間側の被害もできる限り少なくしたいと考えている。獣王様も我々も、ただ安寧が欲しいだけなのだ。だから獣王様は、同じように平和に暮らしたいと考えている今代の魔王様と、同盟を結んだ。同じ願いを持つ者同士、協力し合うために」
「……おい、ボス。それはさすがに情報の漏らし過ぎじゃねぇか?」
「あっ。す、すまない、つい……」
「この馬鹿ボス」
「うぅ……」


 そんな会話が聞こえるが、今の俺はそれどころじゃなかった。思わず口元を片手で隠し、思考する。


(獣人族からの要求内容と、その要求に応えれば侵攻を止めるという宣言……何だそれ聞いてない!)


 父親からはそんなこと聞いてないぞ? どうなっている?


「……レイモンド殿? どうかしたのか?」
「…………申し訳ありません。実は、私は今初めてその話を聞いたのです。あなた方が王国軍に、そのようなことを伝えていたとは、上からは、何も……」
「何?」


 ヴェーラは俺の背後に視線を移し……それから再び、俺を見る。


「では、これからどうするつもりだ?」
「……一度、この話を持ち帰らせてもらいます。交渉の続きは、また後日ということでお願いできますか?」
「あぁ、構わない。……おっと、少し待ってくれ」


 そう言ったヴェーラは執務机の前に戻り、何かを書き始めた。


「よし。書けた。……今、貴殿以外の外交官は認めない、と書状に記したところだ。今後、余程の理由が無い限り、我々との交渉の際は必ず貴殿が来てくれ」
「えっ?」
「……貴殿ならきっと、獣人のことも尊重した上で、交渉を続けてくれるはずだと信じている。――期待しているよ」


 書状を差し出し、真剣な眼差しで俺を見るヴェーラ。……俺は、その期待に応えたいと思った。


「そのご期待に添えるよう、尽力いたします」


 書状を受け取り、心を込めて深く一礼する。


「――へぇ?」


 その際。背後で小さく、興味深そうにそう呟いた狂狼がいたことを、俺は知らない。




*****




 王都に帰った俺は、さっそく報告をするために国王とその側近の貴族達が行う会議に参加した。

 その会議は紛糾した。うん、やっぱりな。そうなるだろうと思ったわ。

 まず、俺が生きて帰って来たことに奴らは驚いていた。

 そんなの、俺が一番驚いている。最後まで諦めないで良かったよ、全く。
 しかし。俺が持ち帰って来た交渉内容について話すと、奴らは途端に俺を罵倒した。

 何故獣人に情けを掛けた? 何故こちらの要求を呑ませずに、のこのこと帰って来たのだ? ……と。

 情け? 情けを掛けられたのは、むしろ俺達の方だぞ馬鹿野郎!

 おっと、失礼。

 次に。俺が今まで知らなかった、獣人族が最初から要求を伝えていたことや、彼らの願いについて問い質すと、奴らはあからさまに話を逸らした。

 あぁ、これは知っていてわざと隠していたな、と確信した瞬間だった。


 その後も会議は続いたが、明確な結論は出なかった。そして、奴らの要求も変わらなかった。

 成果と言えるのは……俺が任務を失敗させたと見なされ、外交任務から外されそうになった時。
 ここぞとばかりにヴェーラから預かった書状を見せて、別の人間が行ったらまた死人が増えるかも……と暗に伝えたところ、俺が外交官続投となったことぐらいか?


 そして、会議終了後。


「レイモンド……!」
「…………はい、父上」
「――で待っていろ!」
「承知いたしました」


 父親に人気の無い場所まで連れて行かれて、そう告げられた。


(あ、これ眠れないやつだ)


 勉強部屋とは、ベイリー家にあるお仕置き部屋のことだ。

 俺は幼い頃から、その部屋でよく折檻されていた。今日の夜は、久々にその折檻をされるらしい。
 父親はかなり怒っていたから、今回は朝まで続くのだろう。痛いのは嫌なんだけどなぁ……

 逆らったらもっと痛い目にあうし、そうなったら俺の補助魔法による怪我の治療も、効き目が悪くなる。


 父親に力で勝てない俺は、父親が満足するまで耐えるしかないのだ。



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