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【第四章】資金調達編

【第六十四話】

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 ガルミドの郊外に、アイガランドの屋敷はあった。


 荒野の中に、ぽつりと林があって、その中に屋敷が建っている。


 建物も大きく、庭も広かったが、派手では無かった。


 驚いたのは大きさと広さだけで、あとはむしろ質素な佇まいである。


 アイガランドほどの商人ならば、贅を尽くした豪華な装飾でも施していてもおかしくない。


 屋敷には使用人が多く働いているようで、庭の手入れや馬の世話、給仕に執事など、専門に働いているという。


 ゼフナクトと俺は寝室に通され、夕刻になるとアイガランドに呼ばれた。


 ナイオルは、アイガランドの後ろで控えるように座っている。


「この屋敷は、私が所有する別邸のひとつでな。私が居ない時は、宿にしたり、知り合いに貸したりしている」


「それは、こんなにも大きな屋敷が別邸だとは」


「仕事柄、全国を旅する事も多くてな。各地に屋敷を持ってると、何かと便利なのだ」


 酒と料理が運ばれてきた。


 ナイオルは立ち上がり、アイガランドに酒を注いだ。


「カイト殿は、まだ未成年だったな。酒は飲めないか」


「いえ、折角ですので戴きます」


 ナイオル以外の三人で杯を交わした。


「そう言えば先程、ナイオルがカイト殿の事を関心していたぞ。店でごろつきと戦っている時、手は出さなかったものの、気を放ってごろつき達を牽制してくれていたと」


 言われて、俺は初めて気付いた。


 助太刀するつもりだったので、つい身構えて気を放っていたようだ。


 気と言っても、目に見えるものではない。


 それは気配のような曖昧なものだが、武術の修練を経た者なら、ある程度は感じ取れるものだった。


 更に修練を積むと、放つ気の強さを操作出来るようになると、ドライスから教えられたことがある。


 ナイオルはほとんど気を感じないので、もしかしたら自分で抑えているのかもしれなかった。


「いえ、結局はナイオル殿が全員を打ち倒しました。俺は、ただ見ていることしか出来ませんでしたよ」


「ナイオルは幼い頃から武術に打ち込んできたのだ。身体は細いが、何倍も大きな相手にも負けた事がない。そのナイオルが、関心しているのだ」


 褒められている当の本人は、無表情のままだった。


 気だけでなく、感情も抑え込んでいるのだろうか。


「恐れ入ります」


 べた褒めされているようで、俺は気恥ずかしかった。


「そうだ。ここらで一つ、立ち合ってみてはどうだろうか」


 アイガランドが、思い付いたように言った。


 ゼフナクトも、それは良いと言わんばかりに手を叩いている。


 断れるような空気ではなかった。


 ナイオルに勝てる自信は、全くと言っていい程無いのだ。


 既にナイオルは立ち上がり、袖を巻いている。


「どうしたカイト、怖気付いているのか?」


 ゼフナクトが、面白そうにはやし立ててきたので、俺は渋々立った。


 部屋はそれなりに広いので、多少は激しく動いても問題は無さそうだ。


 お互いに向かい合い、構えをとる。


 突き刺すような、視線だった。


 一瞬だけ、刃物を向けられているような感覚が襲ってくる。


 恐怖のようなものを感じたが、逆にそれで神経が切り替わったような気がした。


 頭の中の雑念が払われ、ナイオルだけに意識が向いた。


 真っ直ぐ見つめ返すと、ナイオルの瞼が、一瞬だけ動いたような気がした。


 どちらからともなく、動く。


 瞬時に間が詰められ、体が交差した。


 すれ違いざまに二、三発を打ち込んだ。


 手応えはない。


 避けられたのか手で抑えられたのか、それすらも分からないほどだった。


 構え直そうとナイオルの方を振り返ると、突然胸に痛みが走った。


 耐えようと思った次の瞬間には、片膝を着いて床を見ていた。


 息が出来ないのだ。


 何が起きたのか全く分からない。


 ただ苦しく、いくら息を吸っても身体に入っていかないのだ。


「カイト殿、顔を上げられよ」


 ナイオルに言われ、俺は苦しさに悶えながらも顔を上げた。


 ナイオルの拳が、俺の胸を強く突いた。


 拳は早かったものの、痛みは無い。


 むしろ、体内に響くように衝撃が広がった。


「い、息が出来る・・・」


 俺の全身から汗が流れていることに、初めて気付いた。


「すれ違った時、カイト殿には私の拳が見えなかったはずです」


 俺が息を整えると、ナイオルが言った。


「ええ。俺は三発ほど打ち込んだつもりだったのですが、手応えがありませんでした。手で受けられたのですか?」


「違います、カイト殿。身体で受けましたが、上体をひねって威力を逃がしたのですよ」


 俺には、到底出来ることではなかった。


「そうなのですね。しかし、あの胸の痛みは」


 まだ、胸の痛みが残っている。


「カイト殿の死角から、突きを入れただけです」


「死角ですか」


 俺は全神経をナイオルに向けていた。


 一瞬で間合いを詰めたとはいえ、相手の拳を見失うことは決してない。


「人間の眼には、必ず死角があるのですよ。見えていると思っているのは、頭が見えていると思い込んでいるだけなのです」


 その死角から、ナイオルは突きを入れたというのか。


 言葉で説明されても、あまり納得は出来なかった。


 しかし、俺が負けたのは確かなのだ。


 アイガランドとゼフナクトも、驚いている。


「どうだね、カイト殿。ナイオルと立ち合ってみて」


 アイガランドが料理を突きながら言った。








「到底、敵いません・・・」


 俺は、自然と苦笑いしていた。
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