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【第四章】資金調達編
【第五十七話】
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セトラ村での攻防戦から、ひと月が経っていた。
戦闘で荒れてしまった村の復興はほとんどが済み、新たな防備をどうするか、という事まで決まりつつあるところだった。
多くの死者を出した戦いだったが、徐々に日常を取り戻しつつある。
カシュカは相変わらず寝たきりで、まだ身体を動かす事が出来ないでいた。
カラバ村長とテジムが、ほとんど付きっきりで看病をしている。
しかし、良くなる兆しはあまり無く、いまだ言葉さえ発することが出来ない。
このひと月、セトラ村と蓮牙山はこれまで以上に情報が頻繁にやり取りされるようになり、ガンテスを始め、蓮牙山の賊徒が往来していた。
ちなみに蓮牙山の方でも、戦後の始末はおおかた終わっているようである。
今の所、王国軍の次の侵攻が起こる気配は無い。
しかし、王国軍は二度も占領に失敗しているので、次があるとしたら、かなりの大軍を出動させる可能性があった。
村の防備をいくら充実させても、最後に勝敗を分けるのは兵である。
防備や罠は、敵兵をいくらか削る程度の事しか出来ないのだ。
数日ぶりに、ガンテスが村にやって来た。
一人ではなく、五十人ほどの部下も連れていた。
行軍を兼ねた調練として、ガンテスはよくこうして村と蓮牙山を往復している。
その集団は賊徒と言うより、もはや軍に近い様相だと俺は思った。
「カイト、調子はどうだ」
村の広場で彼を出迎えると、ガンテスは馬を降りながら言った。
「相変わらずです」
いつもの挨拶である。
「たった数日見ないだけで、防備がかなり充実してきたな」
「はい。それも、蓮牙山から人を回してくれたお陰です」
ガンテスが兵に休むように指示を出した。
余程厳しい行軍をしてきたのか、兵は糸が切れたようにその場に座り込んでいる。
ガンテスだけは、疲れていないようだった。
「今日連れているのは、見ない顔ですね」
「ああ、最近蓮牙山に入山してきた新入り共だ。戦い方を教える前に、体力を付けさせなければならんのだ」
言われてみれば、座り込んでいる兵は皆、鍛えているとは言えない体付きである。
このひと月で最も変化があった事と言えば、人口の増加だった。
王国軍の侵攻を二度に渡って撃退した村として、この地域一帯に噂が広まっているようなのだ。
もともとオトラス王国に対して反感を持っていた民は多く、そういった人々がセトラ村に移住してきたのだ。
その動きは蓮牙山の方でも同じようで、このひと月でセトラ村では百人以上、蓮牙山に至っては二百人以上が増えていた。
戦闘で死者を出していたが、早くも当時の人口を大きく上回った形だ。
「お前の方の新入りはどうだ? 自警団長代理」
俺は今、カシュカの代わりとして自警団長の代理をしていた。
仕事はほとんど自警団員の稽古と調練だった。
見張りや巡回は、カシュカが以前確立したやり方を踏襲しているので、その辺りで俺が口を出す事は無かった。
セトラ村に集まった人々はほとんどが徴兵前の若者で、そして王国に反感を持っている。
ぜひ王国軍と戦いたいと、自警団に入団を希望してくる者も少なくないのだ。
そういった者を鍛え上げるのが、俺の今の仕事だった。
「調練や武術の稽古は毎日行っています。時には、夜を徹して走らせる事もあります。徐々に鍛えられているのですが、実戦経験がありません」
「それは、蓮牙山でも同じだ。ひと月前の戦い以来、王国軍は蓮牙山を避けるような動きを見せている。簡単には実戦をさせられなくなってしまった」
いくら厳しい調練をさせても、実戦をさせない事には始まらなかった。
戦の厳しさを肌で感じなければ、本当の能力は発揮されない。
まだまだ実戦経験が少ない俺でも、それはよく分かっているつもりだった。
「そうだ、カイト。お前に、話したい事があったのだ」
ガンテスはそう言うと、懐から一冊の冊子を取り出した。
「それは、冊子ですか?」
売られているような本というより、手作りで紙を束ねただけのような物だった。
「以前の戦いの最中、お前が書いた物を読ませてもらっただろう。これは、それを版木で刷って作ったものだ」
言われて、俺は思い出した。
日記のつもりで書き始めた物だったが、いつの間にか俺の考えであったり、独自で思い付いた思想のような物を書くようになったのだ。
とても人に見せられない物だと思っていたが、ガンテスはそれを読み、感激しているようだった。
それを、ガンテスは版木で同じ物を作ったのだ。
「版木で刷ったという事は、他にもこの冊子があるのですか?」
「ああ、そうだ。実はこの冊子は、既に何冊も作られていて、字が読める兵には配ってあるのだ」
ガンテスにそう言われて、俺は面食らった。
自分の考えている事を、人に広められるのは何とも複雑な気持ちである。
「人はどう生きるべきか、何を成すべきなのか。国家とは何か。国とは、どうあるべきなのか。それらが、実によく書かれている。俺は、それに感動したのだ」
「結論は、俺の中でも出ていません」
「そこがまた良い、と俺は思っている」
「それで、この冊子がどうかしたのですか?」
「この檄文(敵の罪悪を挙げ、自身の信義や意見を述べて、公衆に向けて決起をうながす文書)に、題名を付けて欲しいのだ」
戦闘で荒れてしまった村の復興はほとんどが済み、新たな防備をどうするか、という事まで決まりつつあるところだった。
多くの死者を出した戦いだったが、徐々に日常を取り戻しつつある。
カシュカは相変わらず寝たきりで、まだ身体を動かす事が出来ないでいた。
カラバ村長とテジムが、ほとんど付きっきりで看病をしている。
しかし、良くなる兆しはあまり無く、いまだ言葉さえ発することが出来ない。
このひと月、セトラ村と蓮牙山はこれまで以上に情報が頻繁にやり取りされるようになり、ガンテスを始め、蓮牙山の賊徒が往来していた。
ちなみに蓮牙山の方でも、戦後の始末はおおかた終わっているようである。
今の所、王国軍の次の侵攻が起こる気配は無い。
しかし、王国軍は二度も占領に失敗しているので、次があるとしたら、かなりの大軍を出動させる可能性があった。
村の防備をいくら充実させても、最後に勝敗を分けるのは兵である。
防備や罠は、敵兵をいくらか削る程度の事しか出来ないのだ。
数日ぶりに、ガンテスが村にやって来た。
一人ではなく、五十人ほどの部下も連れていた。
行軍を兼ねた調練として、ガンテスはよくこうして村と蓮牙山を往復している。
その集団は賊徒と言うより、もはや軍に近い様相だと俺は思った。
「カイト、調子はどうだ」
村の広場で彼を出迎えると、ガンテスは馬を降りながら言った。
「相変わらずです」
いつもの挨拶である。
「たった数日見ないだけで、防備がかなり充実してきたな」
「はい。それも、蓮牙山から人を回してくれたお陰です」
ガンテスが兵に休むように指示を出した。
余程厳しい行軍をしてきたのか、兵は糸が切れたようにその場に座り込んでいる。
ガンテスだけは、疲れていないようだった。
「今日連れているのは、見ない顔ですね」
「ああ、最近蓮牙山に入山してきた新入り共だ。戦い方を教える前に、体力を付けさせなければならんのだ」
言われてみれば、座り込んでいる兵は皆、鍛えているとは言えない体付きである。
このひと月で最も変化があった事と言えば、人口の増加だった。
王国軍の侵攻を二度に渡って撃退した村として、この地域一帯に噂が広まっているようなのだ。
もともとオトラス王国に対して反感を持っていた民は多く、そういった人々がセトラ村に移住してきたのだ。
その動きは蓮牙山の方でも同じようで、このひと月でセトラ村では百人以上、蓮牙山に至っては二百人以上が増えていた。
戦闘で死者を出していたが、早くも当時の人口を大きく上回った形だ。
「お前の方の新入りはどうだ? 自警団長代理」
俺は今、カシュカの代わりとして自警団長の代理をしていた。
仕事はほとんど自警団員の稽古と調練だった。
見張りや巡回は、カシュカが以前確立したやり方を踏襲しているので、その辺りで俺が口を出す事は無かった。
セトラ村に集まった人々はほとんどが徴兵前の若者で、そして王国に反感を持っている。
ぜひ王国軍と戦いたいと、自警団に入団を希望してくる者も少なくないのだ。
そういった者を鍛え上げるのが、俺の今の仕事だった。
「調練や武術の稽古は毎日行っています。時には、夜を徹して走らせる事もあります。徐々に鍛えられているのですが、実戦経験がありません」
「それは、蓮牙山でも同じだ。ひと月前の戦い以来、王国軍は蓮牙山を避けるような動きを見せている。簡単には実戦をさせられなくなってしまった」
いくら厳しい調練をさせても、実戦をさせない事には始まらなかった。
戦の厳しさを肌で感じなければ、本当の能力は発揮されない。
まだまだ実戦経験が少ない俺でも、それはよく分かっているつもりだった。
「そうだ、カイト。お前に、話したい事があったのだ」
ガンテスはそう言うと、懐から一冊の冊子を取り出した。
「それは、冊子ですか?」
売られているような本というより、手作りで紙を束ねただけのような物だった。
「以前の戦いの最中、お前が書いた物を読ませてもらっただろう。これは、それを版木で刷って作ったものだ」
言われて、俺は思い出した。
日記のつもりで書き始めた物だったが、いつの間にか俺の考えであったり、独自で思い付いた思想のような物を書くようになったのだ。
とても人に見せられない物だと思っていたが、ガンテスはそれを読み、感激しているようだった。
それを、ガンテスは版木で同じ物を作ったのだ。
「版木で刷ったという事は、他にもこの冊子があるのですか?」
「ああ、そうだ。実はこの冊子は、既に何冊も作られていて、字が読める兵には配ってあるのだ」
ガンテスにそう言われて、俺は面食らった。
自分の考えている事を、人に広められるのは何とも複雑な気持ちである。
「人はどう生きるべきか、何を成すべきなのか。国家とは何か。国とは、どうあるべきなのか。それらが、実によく書かれている。俺は、それに感動したのだ」
「結論は、俺の中でも出ていません」
「そこがまた良い、と俺は思っている」
「それで、この冊子がどうかしたのですか?」
「この檄文(敵の罪悪を挙げ、自身の信義や意見を述べて、公衆に向けて決起をうながす文書)に、題名を付けて欲しいのだ」
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