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【本編 第一章】 デルギベルク戦役編

【第八十二話】

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 ボイム将軍は寝台から立ち上がり、何ともないように近付いてくる。
 
 
「褒美は何がいい」
 
 
 ボイム将軍はそう言った。
 
 
「褒美など、滅相もございません。軍人として、任務を遂行したまででありますので」
 
 
 ボイム将軍は、何の装備もしていない。
 
 
 剣も装備していなければ、防具も全て外している。
 
 
 おまけに、この幕舎の中にすら武器や防具は置かれていない。
 
 
 ここは前線の野営地である。
 
 
 無防備にも程があると俺は思った。
 
 
「無欲だな、褒美は要らないと」
 
 
 すぐ側まで、ボイム将軍が寄ってきた。
 
 
 あの首を切り落とせば、それだけで勝てる。
 
 
 あと一歩。
 
 
 いや、あと半歩でも近付いて来い。
 
 
 身体が勝手に動かそうとするのを、あえて自分で抑えた。
 
 
 幕舎のすぐ近くに、たまたま歩哨が通っている。
 
 
 もし今討ち損ねれば、その歩哨たちに気付かれてしまう。
 
 
 早く。
 
 
 早く立ち去ってくれ。
 
 
「仕方ない。本人が褒美が要らないと申すのであれば、尊重せねばならん」
 
 
 ボイム将軍は、そう言って踵を返してしまった。
 
 
 すぐに距離が空いてしまい、剣が届かない所まで離れていってしまう。
 
 
 歩哨は次第に幕舎から離れて行くのが足音で分かった。
 
 
 最大の機会を、逃してしまった。
 
 
 どうしたら良いのか、俺は必死に考えた。
 
 
「その!」
 
 
 口を開いたのは、レハール小隊長だった。
 
 
 ボイム将軍が、足を止める。
 
 
「褒美と言っても、金品が欲しいのではありません。軍人としての功は、軍人としての褒美で受け取らせて頂きます」
 
 
 つまり、軍人としての階級をあげて欲しいという事だ。
 
 
 寝台に向かっていたボイムが、再びこちらに振り向いた。
 
 
 そして、また近づいてくる。
 
 
「ほう、そうか。確かに、兵を指揮して奇襲した敵を撃退した実力はあるからな。その能力なら、本隊の一部隊を預ける立場にしてやってもよい」
 
 
 ボイム将軍との距離は、まだ遠い。
 
 
 幕舎に入ってから、それなりに時間が経っただろう。
 
 
 長居し過ぎると、補給部隊として紛れ込んでいる味方が、偽装だとバレかねない。
 
 
 今踏み込むか。
 
 
 確実に仕留められる距離ではないが、賭けるしかない。
 
 
 そう決めた瞬間だった。
 
 
「敵襲!」
 
 
 幕舎の外から、兵の声が上がった。
 
 
「なにっ!? 敵だと!」
 
 
 ボイム将軍は、あからさまに驚いていた。
 
 
 すぐに、幕舎に副官と思われる将校が飛び入ってくる。
 
 
「ボイム将軍! 野営地の各所で、火の手が上がっております! すぐに野営地を離脱しt・・・」
 
 
 言い終わる前に、副官の首は飛んでいった。
 
 
 レハール小隊長が、素早い剣さばきで副官の首を切ったのである。
 
 
 
 
「なっ」
 
 
 ボイム将軍が驚愕した瞬間、俺もボイム将軍の首を斬り落とした。
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