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【本編 第一章】 デルギベルク戦役編

【第七十八話】 ※ヘルケルト視点

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 レハールの号令で、投降した百名の敵兵全員の首が刎ねられた。
 
 
 命乞いをする敵兵は一人も居なかったが、最後の瞬間まで、怒りと憎悪の表情を全員が浮かべていた。
 
 
 ヘルケルトは、その表情が頭から離れなかった。
 
 
 補給部隊とはいえ、兵士である以上、戦って死ぬ事は誰にでも有り得る。
 
 
 正規兵ではないヘルケルトでも、それくらいの事は当然の事として分かっている。
 
 
 しかし、武器を置き、投降した兵である。
 
 
 たとえ奇襲を隠す目的であっても、そんな事が許されるのだろうか。
 
 
 ハイゼなら、どうしたのだろう。
 
 
 彼もレハールと同じ事をしたのだろうか。
 
 
 ヘルケルトはやるせない気持ちになり、林の木にもたれ掛かって考えた。
 
 
 至る所に転がっている兵の死体は、林の中に避けられている。
 
 
 荷馬車が通れるようにするためだろう。
 
 
「一体、何を考えている」
 
 
 レハールが、そばに歩み寄ってきて言った。
 
 
「首を落とされた百名は、投降した兵だった」
 
 
 ヘルケルトは、レハールの顔を見ることもなく言った。
 
 
「まだそんな事を言っているのか」
 
 
 レハールのその言葉に、ヘルケルトは頭に血が昇りそうになった。
 
 
 レハールにとっては、「そんな事」でしかないのだ。
 
 
「これが前線だ。甘えは捨てろ」
 
 
 レハールの言葉には、容赦というものがまるで無かった。
 
 
「本当にハイゼはこうする事を指示しただろうか」
 
 
「お前は見たはずだ。ハイゼが味方の新兵の首を刎ねた所を」
 
 
 騎馬隊で突撃を繰り返している時、死の恐怖で頭を狂わした新兵を、ハイゼは殺していた。
 
 
 その時も、俺はハイゼに反対していた。
 
 
「あれは、俺も反対だった」
 
 
「だが、その新兵は、死んだ」
 
 
 レハールの顔を初めてみると、彼は何とも思っていないような表情をしていた。
 
 
「これが戦争なんだ。そんな考えでは、次に首を刎ねられるのはお前だぞ」
 
 
 カッと血が上るのを、ヘルケルトはこらえた。
 
 
「もっと卑劣ひれつなことを、これからするのだからな」
 
 
「どういう事だ」
 
 
 問いただそうとすると、兵の一人が血で汚れた軍服を二着持ってきた。
 
 
 ヘルケルトは一着を受け取って広げてみると、その軍服は敵兵の物だった。
 
 
 血が着いているということは、死んだ敵兵から脱がしたものだろう。
 
 
 レハールも、同じような服を受け取っている。
 
 
「おい、これを着ろというのか?」
 
 
 レハールは、返事をしずにその場で着替え始めた。
 
 
 気付けば他の兵も、敵の軍服に着替えている所だ。
 
 
「敵の補給部隊に、なりすまそうということか」
 
 
 言ったが、レハールはただ立ち去って兵に指示を出し始めた。
 
 
 ハイゼはまだ気を失っている。
 
 
 本当に、ハイゼはこうするつもりだったのだろうか。
 
 
 
 
 ヘルケルトはそう疑問に思いながら、血で汚れた軍服に着替えた。
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