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【本編 第一章】 デルギベルク戦役編

【第六十一話】 ※レハール視点

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 ハイゼは、友軍の野営地をただ見つめていた。
 その表情からは、全く感情が読み取れない。
 
 それでも、何を考えているのかは大体察しがついた。
 
 部下の一千のうち、四百人が戦死したのだ。
 
 全軍からしたらたった四百の犠牲だったが、大切なのは数ではない。
 
 仲が良かった将校も、可愛がっていた新兵も、今日の戦闘で多くが死んだ。
 
 ガルツァーは重症を負ったが、命に別状は無いという。それだけが、レハールを少しだけ安心させた。
 
 妻が持たせてくれた饅頭まんとうを、一口食べた。
 
 それを見て、ようやくハイゼも口を付ける。
 
 すぐに飲み込まず、しばらく噛み続けた。そうすると、次第に甘くなってくる。
 
 この饅頭まんとうに限らず、妻が作る料理が好きだった。
 この戦いを生き抜いて帰ったら、真っ先に妻の料理を食べようと心に決めている。
 
 ハイゼも、何も喋らずにゆっくりと饅頭まんとうを食べている。
 
「そういえば、結局援軍の五万は予定通り来なかったな」
 
 敵の騎馬隊五千が、別働隊として消えた。
 
 おそらくその騎馬隊の妨害のせいだろう。
 
 伝令は徹底的に遮断されているようで、五万の位置も状態も分からない状況だった。
 同時に、こちらの戦況も伝えられずにいる。
 
「明日には到着するといいのだが」
 
 一万の友軍は、七千まで減っていた。
 
 それに対して敵の損害は一千ほどで、敵軍の戦力はほとんど変わっていない。
 
 このまま本隊が来なければ、近いうちにこの戦線は維持出来なくなるだろう。
 
 口の中の物を飲み込んだハイゼが、ようやく口を開いた。
 
「明日に本隊が到着する可能性は、かなり低いと思います」
 
「なぜ、そう思うんだ?」
 
 ハイゼは、変わらず野営地に目を向けたまま言った。
 
「指揮官の練度です」
 
 何の話だろう、とレハールは一瞬考えた。
 
「敵にしろ味方にしろ、指揮官の質が低過ぎると思いまして」
 
 確かに、思い当たる節が多々あった。
 
 はじめに一万の先行部隊が防衛陣を敷いて敵を待ち受けたが、そこからすでに間違っている。
 
 たった一万では、牽制けんせいにもならない。
 
 敵は敵で、一万の軍をすぐには攻めなかった。この平原に到着してそのまま攻めれば、たった一万の軍なんて簡単に殲滅出来る。
 
「言われてみれば、分かる気がするが」
 
 全軍の動きに口を出せるほど、自分の立場は高くない。
 例え間違っていると思っていても、軍令なら従うしかないのだ。
 
 しかし、ハイゼはそうは考えていなかった。
 
 幼い頃から兵法書を読んでいた彼からしてみれば、両軍の指揮官の判断は不適切に見えるだろう。
 
 ハイゼが指揮官だったら、この戦の有り様は全く違うものになっていただろう。
 
 すでに、ハイゼの判断でこの戦の状況は変わっている。
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