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【本編 第一章】 デルギベルク戦役編

【第四十八話】

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 辺りは闇で、敵と味方の篝火かがりびと、星の光だけがあった。
 
 その背景を、馬に乗ったレハール小隊長が駆けてくる。
 
「レハール小隊長、お戻りで」
 
 レハール小隊長がそばに来ると、ガルツァーは敬礼した。
 俺はここの軍での敬礼は馴染みがなかったので、ガデステラ帝国軍の敬礼でレハール小隊長を出迎えた。
 
「ハイゼの提案のおかげで、間に合ったな」
 
 レハール小隊長は、すぐに馬を降りた。
 
「いいえ。間に合わない可能性の方が大きかった提案です」
 
「だが、間に合った。それは謙遜けんそんというものだ、ハイゼ」
 
 俺は、礼の代わりの会釈えしゃくをした。
 ガルツァーは、レハール小隊長が乗ってきた馬を引いて野営地の中に消えていった。
 この百騎の野営地では、火は焚いていない。
 
「敵軍に動きは無さそうだが」
 
 それとなく敵軍を眺めながら、レハール小隊長は言った。
 
「暗くて詳しくは分かりませんが、夜襲の心配はないでしょう。すぐにこちらの援軍が到着すると警戒しているのですから」
 
 若い兵が近付いてきて、わずかな糧食をレハール小隊長に手渡してきた。
 騎馬が素早く駆けられるように、糧食は少量しか持って来なかったのだ。
 
「歩兵の九百が到着するのが今夜、そして本隊の約五万が明日の日暮れ、という所か」
 
 レハール小隊長は、糧食をかじりながら呟く。
 
「そうですね、レハール小隊長。少なくとも、明日の日中はこの兵力で戦わなければなりません」
 
「出来ると思うか? 我々はたったの一万一千だ」
 
「先日も申しました通り、『撃退』は可能です」
 
 敵軍の補給部隊を襲撃し、撤退に追い込む。以前レハール小隊長に提案したことだった。
 
 早くも、レハール小隊長は糧食を食べ終えていた。
 戦場では早く食べるという習慣が付くものである。
 
「それなら、明日にでも襲うか?」
 
「それは得策ではありません」
 
 レハール小隊長の提案に、俺は即答する。
 
「その理由は?」
 
 レハール小隊長は、鋭く聞き返してくる。しかし、怒っているような口調ではなかった。
 
「理由は三つです」
 
「ほぅ、そんなに」
 
「まず一つ目に、敵軍の補給部隊が明日来るとは限りません。何日おきに補給部隊が来るのかを調べる必要があります」
 
「それは、確かにそうだな」
 
 レハール小隊長は軽くうなずき、俺は続けた。
 
「二つ目に、兵士の疲労です。騎馬はともかく、歩兵は長距離を休まず駆けてくるため、かなりの疲労があるでしょう。補給部隊を襲撃するには素早く敵の後方に移動し、補給部隊と交戦、そして素早く撤収しなければなりません。疲れている歩兵では、まず無理でしょう」
 
 黙って聞いていたレハール小隊長が、皮袋の水筒で水を飲んだ。
 
「最後に、仮に補給を断つことが出来たとしても、追い詰められた敵軍が報復ほうふくのために攻撃してくる可能性があります。もしそうされたら、一万一千の我々ではとても対処しきれません」
 
 自分に似合わず喋り過ぎた。
 そんな気分になった。
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