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【本編 第一章】 デルギベルク戦役編

【第三十九話】 ※ヘルケルト視点

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 気配を感じて後ろを振り向くと、ハイゼが立っていた。
 
 ただならぬ気配だ、とヘルケルトは思った。
 
 向かい合って立っていても、強い波のような圧力が襲ってくる。
 
 それだけの気配を放っているのに、ハイゼのたたずまいは静かだった。
 
「その重棒、凄いな」
 
 こちらに歩きながら、ハイゼが言った。
 すでに、気配は薄れていた。
 
「武器庫に眠っていた物だ。レハール小隊長に頼んだら支給してくれた」
 
 ハイゼが興味深そうに嵐威らんいを眺めたので、持たせてみることにした。
 
「おぉ、これはっ・・・・・・」
 
 ヘルケルトが手を離すと、ハイゼは一瞬落としそうになっていた。
 
 おそらく、ハイゼの体重よりも重いだろう。
 長さは、ハイゼの身長より長いのだ。
 
「こんな重い重棒を、よくもああやって簡単に振り回せるな」
 
「確かに持っているだけなら、重い。だが、回しながら振っていると遠心力で重さが逃げるんだ」
 
 自分で修行を積むうちに、気付いたことだった。
 そうやって回しながら振れば、勢いも付き、攻撃力も増す。
 
 ハイゼは関心したようにうなずき、自分と距離をとった。
 
「うむ、確かに回せば楽そうだ」
 
 ハイゼはそう言うと、ゆっくりと嵐威を回し、次第に回転を早めた。
 
 回転はどんどん早くなり、離れていても風が伝わってくるようになった。
 
「おい、あまり早く回し過ぎると危ないぞ」
 
 回すと軽く感じるが、それが速すぎると今度は制御が出来なくなる。
 
 筋力が少ないハイゼなら、尚更なおさらだ。
 
「甘くみられたものだな」
 
 ハイゼは涼しそうな顔で言うと、今度は頭上で嵐威を回し、素早く持ち替えて嵐威を構えた。
 
 あんなに早く回転していた棒を、ぴたりと止めたのだ。
 
 全身に、鳥肌が立った。
 
「お前、やるな」
 
 素直に出た言葉だった。
 
「棒術も、故郷で習っていた」
 
 ハイゼは嵐威を返しながら、そう言った。
 
「そうだったのか。俺は独学だ」
 
「やはりそうか。初めてヘルケルトを見た時から、棒術が得意だとは思ったが」
 
「分かるのか?」
 
「筋肉の付き方で、大体分かる。どれくらいの強さなのかも、な」
 
 ヘルケルトはただ驚いた。
 
 ハイゼの能力には、毎回驚かされてばかりだ。
 
「ハイゼ」
 
 肩を回して身体をほぐしているハイゼに、ヘルケルトは言った。
 
「この戦いで帰ったら、俺と立ち会ってくれ」
 
 武芸をこころざす者として、どうしても戦ってみたくなった。
 
 きっと、何かを学べそうな気がするのだ。
 
「んー、そうだな。だが、使うのはその重棒ではなく、竹の棒にしてくれ」
 
 ハイゼは一瞬考え、笑いながら言った。
 
「ほう、俺の嵐威が怖いか」
 
「その重棒、嵐威と言うのか。怖いな。それだけ重いと、骨折では済まなさそうだ」
 
 
 二人して、大きく笑い声を上げた。
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