上 下
39 / 94
【本編 第一章】 デルギベルク戦役編

【第三十八話】 ※ヘルケルト視点

しおりを挟む
 自然と目が覚めてしまい、寝台から身体を起こした。
 
 外はまだ暗い。
 
 隣の寝台で眠っていたはずのハイゼが、居なくなっていた。
 荷物は置いたままだったので、逃げたのではないだろう。
 
 ヘルケルトは、もう一度寝台に横になった。
 
 外では、見張りの兵が巡回している。
 足音で、それは分かった。
 
 束の間、ハイゼは強い男だと思った。
 
 人間性や性格のことではない。
 純粋に、武術を極めた男である。
 
 しかし、彼はそれを鼻にかけない。
 
 外城の食堂で正規兵と言い争いをしていると、食堂の店員をしていたハイゼが出てきた。
 
 最初はただの弱そうな人間に見えたが、どういう訳か、彼は一瞬で兵士を打ち倒したのだ。
 
 ハイゼのその技を目の当たりにしたヘルケルトは、肌にあわが立つのを感じていた。
 
 自分は、この男には勝てない。
 
 本能のような感覚で、それを悟った。
 
 それから色々とあって、自分はハイゼと共に正規兵としてここにいる。
 
 不思議なこともあるものだ、と束の間思った。
 
 酒が身体に残っているような気がした。
 
 夜が明ければ、出撃である。
 
 それまでに酒を抜いておく必要がある。
 酒は好きだが、戦いの場では命取りだった。
 
 ヘルケルトは起き上がり、レハールから支給された重棒じゅうぼうを手に取った。
 鉄でできた棒で、長さは六尺(一八〇センチ)あり、重さは百斤(六〇キロ)はあった。
 
 重すぎて誰も振れないので、武器庫に眠っていたらしい。
 たまたま自分が見付けて、レハールに頼んで支給してもらったのだった。
 
 武術の修行を始めた頃から、体術と棒術が得意だった。
 
 子供の時から背が高く、鍛えればすぐに筋肉が付く体質でもあったのだ。
 
 背が高ければ、それだけ長い棒が扱える。
 だから背が高い武術家は、棒術を得意としている者が多かった。
 
 兵舎の外に出た。
 外は涼しく、胸を張って大きく息を吸うと、それだけで頭が冴えるような感覚がした。
 
嵐威らんい、という名か」
 
 柄の部分に、そう彫ってある。
 この重棒の名前らしい。
 
 今までは木製の棒を使って鍛えてきたが、この鉄製の棒でも難無く振ることが出来た。
 
 体術にしろ棒術にしろ、全て独学だった。
 
 常に相手を想像して、棒を振る。
 
 最初はただ立っている大人だったものが、次第に自分自身に変わっていった。
 
 そうやって修行をしていると、いざ本物の人間と立ち合った時でも、本領が発揮出来た。
 むしろ、相手が弱く感じたほどだ。
 
 二刻(一時間)、棒を振り続けた。
 身体は汗にまみれていたが、全く気にならない。
 
 嵐威らんいと一体になっているような感覚。
 ただただ、気持ちが良かった。
 
 
 不意に、背後から衝撃のような気配が飛んできた。
しおりを挟む

処理中です...