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【本編 第一章】 デルギベルク戦役編

【第三十四話】

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 ダロカール小隊長と呼ばれた男は、同じ小隊長であるレハールよりもかなり年配に見えた。
 顔の彫りは深く、髪には白いものが混じっている。
 
「おい、何があったのか誰か説明しろ」
 
 見張りの兵達は、槍を構えたままお互いの顔を見合わせている。
 
「それは、その・・・」
 
 見張りの一人が、恐る恐る口を開いた。
 
「この者が、城門を通ろうとしてまして」
 
「それで?」
 
 ダロカール小隊長が厳しい目付きで睨み付けると、見張りの兵達はそれ以上何も言えなくなった。
 
 彼が片手で合図を出し、ようやく槍が収められた。
 
「そこの者、城門を通ろうとしたのはまことか?」
 
「はい、通行証もあります」
 
 そう言って、俺は通行証を見せた。
 
「うむ、確かに軍営で発行されているもので間違いない」
 
 ダロカールは顔を近付けて確かめる。
 
「この通行証を見せたのですが、賄賂わいろを要求されたのです」
 
 あった事を、そのまま言った。
 
 見張りの兵は、全員が顔を強ばらせていた。
 
「賄賂だと、それは本当か」
 
 俺が頷くと、ダロカール小隊長は見張りの兵に視線を移した。
 兵達はよほど彼のことが怖いのか、手を震わせている者までいる。
 
「わ、賄賂だなんて」
 
「では、なぜ通行証を確認したのに通さなかった!」
 
 静かな通りに、ダロカール小隊長の怒声が響く。
 
「賄賂の要求は軍法で厳しく禁止されているはずだろう」
 
 見張りの兵は、誰も口を開かなかった。
 
「そこの者、名前は」
 
「ハイゼ・バルナン。一応、レハール小隊の副官ということになっております」
 
 ダロカール小隊長はそれを聞くと、振り向いて俺の顔を見た。
 
 目が合う。
 
 ダロカール小隊長の目には、力強さのようなものが感じられた。
 
 武術が強いのとは、また違う強さだ、と思った。
 
「そうか、貴殿きでんが噂のレハール小隊の副官か。あのガルツァー分隊長を打ち倒したという」
 
 どうやら、ガルツァーとの立合いは軍内で噂になっているようだった。
 それなりに兵が集まっていたのもある。話が広まっても仕方がないだろう。
 
「おい、貴様ら、小隊の副官といえば貴様らより階級は上ということになる。それなのに賄賂をせびるなど」
 
「小隊長、これは誤解なんですっ」
 
 俺に賄賂を要求してきた兵が、焦った口調で申し出た。
 
「お前か。軍の規律は守らねばならぬ。その為には、見せしめもやむを得ない」
 
 ダロカールは腰にいた剣を抜いた。
 
 その見張りの兵は、足をガタつかせ、顔面を恐怖で染めていた。
 
「何をするつもりで、」
 
 急な展開に、俺が止めようとしたのも束の間。
 
 ダロカール小隊長の剣は素早く振り下ろされ、恐怖に染まったままの顔が、地面に落ちた。
 
「ひっっ」
 
 他の兵が短い悲鳴を上げた。
 
「他に、賄賂を要求していた者は」
 
 残る四人は、全力で首を横に振る。
 
「ハイゼ殿、私の部下が迷惑を掛けた。申し訳ない」
 
 ダロカールは剣を収め、頭を下げた。
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