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【本編 第一章】 デルギベルク戦役編

【第二十四話】 ※主人公の秘密が明かされます。

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 俺が産まれたのは、ガデステラ帝国の辺境にある、どこにでもあるような小さな村だった。
 
 暖かい季節は農耕し、時々男達は狩りに出る。
 
 俺の両親もその村で産まれ育った者同士だった。
 
 母ははたけを世話し、父は村の用心棒をしながら狩りにも出ていた。
 一度狩りに出ると、数日は帰ってこなかった。
 
 俺はそんな両親の初めての子供として産まれた。
 
 今から二十五年前のことである。
 
 幼少期の頃の記憶はほとんど残っていなかったが、両親いわく、静かな子供だったらしい。
 泣くことも少なく、何を考えているのか分からなかったと、成長してからもよく言われていた。
 
 村の子供達と遊ぶ事はあったが、それよりも書を読んだり、武芸ぶげいの稽古をする方が楽しかった。
 
 
 ◇◇◇◇◇
 
 
「武芸の稽古だって?」
 
 そこまで話していると、肉を食べながらヘルケルトが言った。
 
「あぁ、俺は覚えていないが、三、四歳の時には竹の棒を持たされて棒術の稽古をしていたそうだ」
 
 両親や村の大人から聞いたことだった。
 
 確かに、物心着いた頃から様々な武術に触れていたような気がする。
 
「書を読んだりもしていたと?」
 
 次に質問したのは、レハールだった。
 レハールは水を飲むのも忘れて、俺の話に夢中になっていた。
 
「村長の屋敷やしきには書庫があり、かなりの数の書物がありました。ほとんどが戦争における戦略や戦術について書かれたものです」
 
 レハールは関心したように頷く。
 
「辺境の村にそのような書庫があるとは珍しいな、聞いたことが無い」
 
 レハールの言う通り、ただの村の書庫に戦術書や兵書があるのは珍しかった。
 
 普通は大きな街の軍営か、軍隊の士官学校などにしか無く、よって民間人が読むことは出来ない。
 
 そのような書物を俺は、読み書きの練習がてら読んでいた。
 
「一体、どこの村なんだい」
 
 レハールは余程よほど興味があるらしく、しつこく聞いてきた。
 
「帝都から遠く離れた、本当にどこにでもある村ですよ」
 
 村の名前を、俺は言いたくなかった。
 
「言うつもりは無さそうだね」
 
 レハールは笑顔のままだったが、口調は残念そうだった。
 
「ハイゼの使う武術も、その村で教わったのか?」
 
 肉料理を平らげ、満足そうに腹をさするヘルケルトが言った。
 
「村の大人達に仕込まれた。自分が好きでやっていた事でもあるが、稽古は厳しく、生半可なものではなかった」
 
「武芸に精通する者が多く、兵書も読ませてくれるような村か」
 
 レハールは記憶を辿るような仕草をする。
 ヒントを与え過ぎてしまったかもしれない。
 
「まさか、【ディルク・イールの里】かい?」
 
 全身から、冷たい汗が流れたような気がした。
 
 ヘルケルトも、その名前を聞いて驚いている。
 
「ディルク・イールの里って、あのディルク・イールかっ!」
 
「まぁ、そうだな」
 
 【ディルク・イールの里】。
 ガデステラ帝国が建国されるずっと以前から、あらゆる武芸の発祥地として有名な集落である。
 
 村としての名前は無く、大昔から伝説として語られる英雄の名前を取って【ディルク・イールの里】と呼ばれていた。
 
 現在でもその名前の由来の通り、あらゆる種類の武芸を極めた者が多かった。
 
 体術、剣術、棒術、拳法、槍術、弓術、他にもありとあらゆる武術のエキスパートが揃っていた。
 
 あらゆる武芸の発祥地としても有名な里だったが、実は学問に関してもひいでた者も多い。
 
 医学や占星術などは勿論、俺が幼少から学んでいた軍学などもその一つである。
 
 だから村長の屋敷の書庫には兵書が山ほどあったのだ。
 
「驚いたな、まさか生きている間にディルク・イールの里の人間に会えるとは」
 
 あのレハールが、表情で分かるくらいに驚き、そしてうらやんでもいた。
 
「そうか、だからガルツァーは君の構えを見て似ていると言ったのか」
 
「もしや、彼の師匠はディルク・イールの里の人間でしたか」
 
「ああ、間違いないだろう」
 
 村を出てから数年、自分の出身地を教えるのは初めてのことだった。
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