12 / 13
聖夜②
しおりを挟む
恐れていたことが起こった。
祥子と暮らす日々が幸せ過ぎて浮かれていたら、一気に奈落の底に落とされた。
俺と別れてから祥子が、何人かと付き合っていただろうということは分かっている。直接聞いたことは勿論ないけれど、同級生からそういった話を以前聞いたことはあった。
でも実物を見せられるというのは、思っていた以上にきつかった。
あの男は女児と手を繋いでいた。多分親子なのだろう。
その女児の年齢から考えると、俺と別れた後初めて付き合った男なのかもしれない。もしくは不倫をしていた、ということも考えられなくはないけれど、祥子の性格的にそれはないような気がする。
とにかく俺と別れた後、祥子はあの男に抱かれたのだ。
そう考えたら息が吸えないほど胸が痛み、胃も内容物を吐き出してしまいそうなほど気持ちが悪くなった。
そして視界が黒く狭まり、自分が今どこに居るのか分からなくなった。
なんとか家にたどり着いて、祥子と向き合った時、自分がどんな顔をすればいいのか分からなかった。もちろん気持ちをそのまま表すなら悲しみ、苦しみ、怒り、そんな感情になるだろう。でも、それは祥子に向けるべきものではない。
昔、別れを告げたのは俺で、だから自業自得だ。
別れなければ祥子は俺だけをずっと愛して、俺だけしか知らない人生を歩んでくれたかもしれなかったのに。
それを手放したのは、愚かな自分。
悔やんでも悔やみきれず、胸がギリギリと絞り上げられるように痛んだ。
祥子は何一つ悪くない。
ましてや、その話をして苦しい感情を彼女にぶつけたりするのは完全なお門違いだ。
それに俺がその事を気にしている素振りを見せると、その度に彼女はあの男のことを思い出してしまうだろう。
俺の知らない二人だけの、秘密の思い出を。
そして、あの男と俺を比べるかもしれない。
嫌だ。
もちろん今さらあの男と何かあるとは思っていない。でも祥子の心の中にいるのはいつも自分だけでありたい。
でも祥子の心までは縛ることは出来ない。
『嫌だ』とガキのように駄々を捏ねることも、めそめそと泣いて同情を乞う権利も俺にはない。
この苦しさは自分一人で背負うべきもので、一度祥子を酷く傷付けた俺への罰だ。
怪我をしたって血はいつか止まる。そんな風に苦しさが薄れていくのをじっと耐えるしかない。
そう思っていた。
けど祥子はそんな俺に気遣って、信じられないようなクリスマスプレゼントをくれた。
それは『祥子自身』と言っていいようなものだった。
「プレゼント、色々考えたけど、私があげたいものを正孝くんにあげることにしたの。」
自宅でシャンパンを開けて『メリークリスマス』とフルートグラスを合わせた後、少し緊張した面持ちで祥子はそう言った。
クリスマスプレゼント、と言うにはそぐわない、ラッピングも何もない素っ気ない剥き出しのDVDを手渡される。
少し戸惑いながらもお礼を言って、自分も用意していたプレゼントを渡した。祥子が前から欲しがっていたネックレスはもちろん男性店員がいる店で買ったものだ。
ほっそりとした首におさまったネックレスは、ツリーの電飾がチカチカと点滅する度、胸元の石にキラキラと光が反射した。
嬉しそうな彼女の顔を見ると、今も尚抱えている痛みが少し薄れるのを感じた。
祥子の持ち物に自分で贈ったものが増えていく喜びに浸っていると『私のプレゼントも』と言って、俺の手からDVDを取り、デッキにセットした。
いつもの見慣れたソファーに座る祥子。改まったようにきっちりと背筋を伸ばして、正面を真っ直ぐに見据えている。
『正孝くんに話したいことがあるの』
祥子と暮らす日々が幸せ過ぎて浮かれていたら、一気に奈落の底に落とされた。
俺と別れてから祥子が、何人かと付き合っていただろうということは分かっている。直接聞いたことは勿論ないけれど、同級生からそういった話を以前聞いたことはあった。
でも実物を見せられるというのは、思っていた以上にきつかった。
あの男は女児と手を繋いでいた。多分親子なのだろう。
その女児の年齢から考えると、俺と別れた後初めて付き合った男なのかもしれない。もしくは不倫をしていた、ということも考えられなくはないけれど、祥子の性格的にそれはないような気がする。
とにかく俺と別れた後、祥子はあの男に抱かれたのだ。
そう考えたら息が吸えないほど胸が痛み、胃も内容物を吐き出してしまいそうなほど気持ちが悪くなった。
そして視界が黒く狭まり、自分が今どこに居るのか分からなくなった。
なんとか家にたどり着いて、祥子と向き合った時、自分がどんな顔をすればいいのか分からなかった。もちろん気持ちをそのまま表すなら悲しみ、苦しみ、怒り、そんな感情になるだろう。でも、それは祥子に向けるべきものではない。
昔、別れを告げたのは俺で、だから自業自得だ。
別れなければ祥子は俺だけをずっと愛して、俺だけしか知らない人生を歩んでくれたかもしれなかったのに。
それを手放したのは、愚かな自分。
悔やんでも悔やみきれず、胸がギリギリと絞り上げられるように痛んだ。
祥子は何一つ悪くない。
ましてや、その話をして苦しい感情を彼女にぶつけたりするのは完全なお門違いだ。
それに俺がその事を気にしている素振りを見せると、その度に彼女はあの男のことを思い出してしまうだろう。
俺の知らない二人だけの、秘密の思い出を。
そして、あの男と俺を比べるかもしれない。
嫌だ。
もちろん今さらあの男と何かあるとは思っていない。でも祥子の心の中にいるのはいつも自分だけでありたい。
でも祥子の心までは縛ることは出来ない。
『嫌だ』とガキのように駄々を捏ねることも、めそめそと泣いて同情を乞う権利も俺にはない。
この苦しさは自分一人で背負うべきもので、一度祥子を酷く傷付けた俺への罰だ。
怪我をしたって血はいつか止まる。そんな風に苦しさが薄れていくのをじっと耐えるしかない。
そう思っていた。
けど祥子はそんな俺に気遣って、信じられないようなクリスマスプレゼントをくれた。
それは『祥子自身』と言っていいようなものだった。
「プレゼント、色々考えたけど、私があげたいものを正孝くんにあげることにしたの。」
自宅でシャンパンを開けて『メリークリスマス』とフルートグラスを合わせた後、少し緊張した面持ちで祥子はそう言った。
クリスマスプレゼント、と言うにはそぐわない、ラッピングも何もない素っ気ない剥き出しのDVDを手渡される。
少し戸惑いながらもお礼を言って、自分も用意していたプレゼントを渡した。祥子が前から欲しがっていたネックレスはもちろん男性店員がいる店で買ったものだ。
ほっそりとした首におさまったネックレスは、ツリーの電飾がチカチカと点滅する度、胸元の石にキラキラと光が反射した。
嬉しそうな彼女の顔を見ると、今も尚抱えている痛みが少し薄れるのを感じた。
祥子の持ち物に自分で贈ったものが増えていく喜びに浸っていると『私のプレゼントも』と言って、俺の手からDVDを取り、デッキにセットした。
いつもの見慣れたソファーに座る祥子。改まったようにきっちりと背筋を伸ばして、正面を真っ直ぐに見据えている。
『正孝くんに話したいことがあるの』
0
お気に入りに追加
383
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる