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聖夜①
しおりを挟む正孝くんが、苦しんでいる。
いつもと同じ生活をして、いつもと同じ笑顔を私に向けているけれど、彼が傷付いているのが私には分かる。
不自然なほどいつも通りを心がけているから。
正孝くんは何も聞いてこないし、私もその話をしない。
私はリビングに飾られた、――二人でオーナメントを選んで飾り付けをした――クリスマスツリーを見ながら『どうしたものか』とため息を吐いた。
あれは先週末のことだった。
クリスマス一色に染まった街を私たちはデートしていた。
12月も半ばでしかも太陽が沈んだ後だというのに、さほど寒くない土曜の夜だった。それでも私たちは身を寄せるようにぴったりとくっつき、互いの声を誰にも聞かせたくないと、囁くように語りながら歩いた。
そしてお目当ての大量にLEDのついた大きなクリスマスツリーの前にたどり着くと、周りのカップル同様それを見上げて歓声を上げた。
『綺麗だね、正孝くん』
『うん。祥子の瞳に映るツリーが一番綺麗だ。でもサンタのことは、あまり見ないでほしいかな』
ツリーに飾られているサンタのオーナメントに対抗意識を燃やして、少しだけ拗ねたようにそう言った彼の姿に胸がキュンとなる。
『私のサンタは正孝くんだよ。だって私が欲しいプレゼントはこれからずっと正孝くんだから。……一年分の正孝くんをくださいって毎年お願いするつもりだよ』
『っ、祥子っ……俺はとっくに全部、死ぬまで、…死んでも、灰の一つになっても祥子のものだよ』
『やだっ、正孝くん死なないでっ。私をおいて灰になっちゃ嫌っ』
『ごめん祥子っ、死なないから。でも、もしも、…もしも年老いてその時が来たら、一緒に、祥子を連れていっていい?』
『うん。いつでも一緒だよ。大好き、正孝くん』
『祥子っ、俺、人間を二人一緒に焼いてくれる火葬場がないか調べておくっ。もし無かったら自分で会社興すから』
ツリーの前で、モデルのようにカッコいい正孝くんが甘く囁いている言葉が、まさか火葬の話だとは誰も思っていないだろう。彼の心の深いところまで知っているのは私だけ。それがとても嬉しい。
今年は最高のクリスマスになりそうな予感がする。
でも私は彼にどんなプレゼントを贈ろうか、まだ決めかねていた。
――今までで、一番嬉しかったクリスマスプレゼントは何ですか?
そう聞かれたら、私は迷いなく高校二年の時に恋人から貰ったもの、と答えるだろう。
もちろん、小さい頃にサンタさんから貰ったドールハウスや、就職祝いを兼ねて両親から貰った仕立てのいいコートとか嬉しいプレゼントは今までの人生の中で沢山あった。
けれど『一番』と聞かれたら、私は『あの時のプレゼント』以外の答えを用意できない。
例えば今現在、その恋人が私と全く関係ない人生を歩んでいたとしてもクリスマスが来ればその事を必ず思い出しているだろう。
それくらい大切で忘れられないプレゼントは『正孝くんの初めて』だった。
付き合って3カ月、高校生の正孝くんは私に『クリスマスプレゼント何がいい?』と聞いてきた。
私の答えは『正孝くん』。
意味が分かってなくてポカンとする彼に『一緒にお泊まりしたい』と続けて告げると正孝くんは耳まで赤くなった。そしてそれ以外に欲しい物は無いのかと聞いてきた。私は首を横に振った。物のプレゼントはいらなかった。…指輪とかピアス(正孝くんにピアスホールを開けてもらう事を含む)が欲しい気持ちもあったけれど、そうなると彼とショップの女性店員が少なからず話をしなくてはいけなくなる。当時の私はそれが堪らなく嫌だったのだ。
その日は、ホテル代を正孝くんが払い、ケーキとチキンは私が用意してクリスマスを過ごした。
私は手袋をプレゼントとして渡した。彼はその時少し傷付いた顔をした。互いに『物のプレゼントはなし』と決めていたのに私はルールを破ったのだ。彼のプライドを傷付けてしまったのかもしれない。でも私にとって正孝くんの初めてを貰えるというのは、多額のお金を払いたいくらいに嬉しいことだった。そのお礼の気持ちとして贈り物をしたのだった。
そのことによって少し微妙な空気になったものの、ケーキを食べさせ合って、彼の口の端についたクリームを私が嬉々として舐めたことから、私たちの初体験は始まった。
初めて同士のセックスはどうなるものかと思われたけれど、彼が入念に私を解して蕩けさせてくれたことで、悲惨なことにはならず夢のような一夜になった。
……尤も、その後セックスをしたことによって私の束縛が更に狂気的になってしまったので、彼にとっては『悲惨』な出来事だったのかもしれない。
でも私にとっての一番嬉しかったプレゼントは間違いなくこの年のものだった。
それと同じくらい嬉しいクリスマスをこれから正孝くんと一生一緒に過ごせるのかと思うと幸せで、ニマニマと頬が緩んでしまう。
そんな私を見て正孝くんはごくりと息を飲んで、少し掠れたセクシーな声でそっと囁いてきた。
『家に帰って、祥子の笑顔を独り占めしたい』
私たちはツリーを囲む人たちと逆の方向を見て、その間を縫うようにその場を去ろうとした。
けれどふいに目が合った男性を見て私は足を止めてしまった。咄嗟にその人の隣にいる人物を確認すると、小さな子ども――おそらく娘さんなのだろう――がいた。パパと手を繋いだ可愛らしい女の子の姿に頬が緩む。
『祥子?』
歩を止めた私を正孝くんが振り返る。
ハッとして私は軽いお辞儀をその男性にして、何事もなかったように去ろうとした。でも正孝くんは動かない。私は正孝くんの腕を押して『帰ろう』と促した。
すると、男性が何かを話し出そうとしたので私は人混みに流された振りをして正孝くんをぐいぐいと押し、なんとか離脱に成功した。
ホッと息を吐いて、今の男性のこと、――元カレのことを――を何と言おうかと迷っているとそれを制するように、正孝くんは唸るような低い声で『何も話さないでくれ』と私に言った。
それは反論を一切許さないような強制力があるような言葉で、私は身体が震えた。
あの人は誰なのかを言わなくても彼は悟ったらしい。
取り敢えず家に帰ってから話をしよう。そう思って口をつぐんで彼に手を引かれながら家路に着いた。
歩いている時は無言だったけれど、家に着いた彼はいつも通りに私に微笑み掛けた。そしていつも通りに『一緒にお風呂に入ろう』と言ってきた。
お風呂の中で話をするべきか、そう考えたけれど、何を話せばいいのか分からなくなってしまった。
あの人は元カレで、もちろん今では連絡も取ってないし、なんとも思っていないの。
そんな分かり切ったことを伝えて何になるのだろう。
元カレとは授かり婚をされて別れた、などということも正孝くんには必要ない情報だろう。
静かに嫉妬をしている彼にとってそれは火に油を注ぐ結果になるだけだ。
傷ついている正孝くんに私に何ができるのだろう。
多分、その話を私にされるのは辛いはずだ。
話をする時に少なからず私が元カレのことを思い出してしまうから。昔の二人しか知らないことを思い出して、そういえばそんなことがあったな、なんて思われるのが辛くて苦しい、と彼は思うはずだ。
私にはそれが手に取るように分かった。
彼は何事も無かったように、いつも通りを装っている。
きっと、私も正孝くんの元カノと街でばったり会ってしまったら、同じことをするはずだ。
だから私は正孝くんに付き合って、いつも通りに過ごそうと思った。
でも、私の正孝くんに対する揺るぎない愛は伝えたい。彼を安心させてあげられるように、素敵なクリスマスを過ごせるように頑張りたいと思った。
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