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番外編・新婚旅行①
しおりを挟む会社から結婚による特別休暇を5日間貰った。土日と合わせて9日間の連続した休みがあることになる。日曜日に式を挙げるので、月曜日から一週間、新婚旅行に行くことにした。
行く場所を決めるのは大変だった。それは決して二人の意見が合わなかった、という訳ではない。
『悪いんだけど俺、飛行機苦手なんだ。ちょっと怖くて。』
『…私も、もし、CAさんが正孝くんに連絡先渡してきたりしたら怖いから、嫌かも』
『っ、俺だって、パイロットが挨拶に出てきた時に祥子に向かって『お嬢さん、私はナイトフライトの方が得意なんですよ』なんて言ってきたらハイジャックする自信がある』
『うふふ、そんなことあるはずないってー。こんなに素敵な旦那さんが隣にいるんだから』
『祥子っ』
『あんっ。正孝くんっ』
なんて感じで話し合いにならなかったのだ。
そうこうしているうちに式の準備に気を取られたのもあり、行く先を決めないままになってしまった。
海外に行くのは諦めて国内旅行にすることにした。
『うーん、夏だし涼しいところに行く?』
私のその一言で北海道旅行に決まった。プランは正孝くんに任せた。
私は式の為のあれやこれやで忙しかった。主にエステ関係で。それに二人でプランを話し合って『嫉妬ポイント』が出てきてしまったら決まるものも決まらなくなってしまうからだ。
私たちはチャペルで式を挙げた。
限られた親族のみの参加で、軽いお食事会はあったものの披露宴はなしだ。
『籍はもう入れちゃったけど、早く神様の前で正孝くんと誓いたいから披露宴はいいかな』披露宴は準備に時間が掛かるし、会場もすぐには押さえられない。とにかく早く式を挙げたい私に対して彼は『祥子のドレス姿、会社の同僚とか友人とか従兄弟とか、会場のスタッフとかに見せたくない』と言い、二人とも納得した上で披露宴は無しになった。
式は滞りなく行われた。
スタッフに『誓いのキスはおでこで大丈夫ですよ』と言われたのを無視したくらいの段取り違いはあった。私の唇にのせた紅を正孝くんが全部食べたのだ。それは私的には予想の範囲内だったし、感極まって恥ずかしいくらい泣いていた父の涙が止まったので、それはそれで良かったような気もする。
タキシード姿の彼は王子様みたいで素敵だった。
忙しかったけれど夢のような一日が過ぎて、濃厚すぎる初夜(?)を迎え、次の日から新婚旅行に出掛けた。
北海道にはなんと船で行くのだそうだ。当日にそう言われてびっくりした。てっきり新幹線で行くものだと思っていたから。
私たちはN港から夜に出るカーフェリーに乗った。
フェリー、と言っても内装は客船並に豪華だった。長いスロープを歩き、中央部にある入り口から入るとそこは吹き抜けになっていた。天井には大きなシャンデリアが吊るされていて、広場のようなエントランスを煌々と照らしていた。
カードキーを受け取り部屋に入るとそれが船の中だとは思えないくらいの広さがあった。リビングとベッドルームが別れていてトイレはもちろんバスタブ、冷蔵庫までついていた。
カーフェリー = 雑魚寝なイメージだったので驚いた。
もちろん雑魚寝の二等室もあるけれど、この部屋はロイヤルスウィートルームらしい。
「凄いっ。窓から海が見える!」
興奮して部屋の中を歩き回った。
「うん。船だからね。ずっとオーシャンビューだね。気に入ってくれた?」
「うん!正孝くんありがとう。」
私が微笑むと正孝くんが少し照れたように笑った。
「祥子が喜んでくれて嬉しい。船内探検に行く?」
「行く!」
私たちは手を繋ぎ船内を見て回った。ブッフェレストランにシアター、お土産が買えるショップ、ゲームセンターまであった。
私は、興奮して『凄い!』しか感想が出て来なかった。
こんなにゆったりと食事や映画を見て寛ぎながら移動が出来るなんて、衝撃的だった。
「もうここだけで旅行の目的果たした感ある。もうお腹いっぱい。」
「……そう?良かった。甲板に出てみる?」
外に出てみると凄い風だった。一瞬で髪の毛がぐしゃぐしゃになった。必死に髪の毛とスカートを押さえながら、船の端の手摺りの所までキャアキャア言いながら走った。
船は湾の中を走行していたので、工業地帯が見える。薄暗くなって工場のビカビカとした光が海に反射して綺麗だった。
「綺麗。でも凄い風。」
声も聞こえづらいので少し大声になる。
「うん。風避けになってあげる。」
そう言うと正孝くんは後ろに立ち、私を囲むようにして手摺りを掴んだ。
「あ、ありがと。」
後ろからの風は当たらなくなった。でも彼の体がピッタリとくっついてドキドキしてしまった。
正孝くんは、あの部屋で今日もセックスをするのだろうか。
昨日は初夜(?)ということで沢山した。
さすがに今日はないのかな。
でも船の上でするってどんな感じなんだろう。
ぼんやりと夜景を見ながら邪なことを考えていると、正孝くんは私の頭に顔を寄せてきた。
熱い吐息が耳にかかって心臓が跳び跳ねる。
「ねぇ、修学旅行の時も一緒にフェリーに乗ったの覚えてる?」
もちろん、覚えている。
「冬だったから、寒かったよね。」
「うん。今みたいに甲板に出たら寒くて、中に入ろうって言ったら祥子に後ろから抱きつかれて、周りの奴等に凄い冷やかされたよね。」
「う、ごめん、ね?」
確か、寒いから甲板に出てる生徒はまばらで、中にいるよりずっと正孝くんを独占できたからそこを離れたくなかったんだ。だから抱きついて彼を温めた。
「当時は恥ずかしかった。でも、今はこう思う。」
彼は一旦言葉を区切り、私を抱き締めた。
「あの時、何で俺は祥子を抱き締めてあげなかったんだろう、って。だって祥子は俺よりもっと寒かったはずだから。…寒くても俺と二人で居たいと思ってくれたんだよね。なんでそんなことに当時の俺は気が付かなかったのかって、…我ながら情けない。」
私は胸が詰まってしまった。
私は今まで、正孝くんから嫉妬や執着の気持ちを見せられる度に、胸がキュンとしていた。それは昔に自分がどんな強い気持ちで彼を束縛したかを覚えているからだ。だからその気持ちを汲み取ってしまって、胸が熱くなるのだ。
そして彼もまた、自分が私に執着している今、昔の私がどんな気持ちだったのかが分ったのだろう。
「情けなくないよ。私は昔の正孝くんも、今の正孝くんも大好きだよ。」
恥ずかしくても私の手を振り解かなかった昔の彼も、強風から私を守ってくれる今の彼も、どちらも愛おしかった。
「祥子、俺、部屋に戻りたい。早く、二人っきりに、なりたい。」
私が頷くと彼は手を繋ぎ、部屋へと歩を進めた。
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