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嫉妬と独占欲

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ネクタイを首から外し、それを握り締める。

これで何をするつもりだ?

そんなの決まってる。
祥子を、縛り付けるんだ。

俺は彼女を抱きしめた。
可哀想な俺の獲物は体をびくりと震わせたけれど、抵抗はしてこなかった。
上を向かせ唇を合わせても、なんの反応もなかった。ただ、目を見開き俺を見ていた。

ぶらり、と力の抜けている彼女の両腕を掴み、ネクタイで後ろ手に縛った。

「え?」
彼女はやっと反応してくれた。気の抜けた声を出し目を何度も瞬かせている。

この段階になっても怯えることのない祥子を見ると、少し胸が痛んだ。

彼女をソファーまで連れて行きそこに押し倒した。

抵抗出来ない女性を組み敷くだなんて、これは犯罪だ。
でも、後戻りなんて出来ない。

こんなことになる予感はずっとあった。
同窓会があったあの日、6年振りに再会し体を合わせた時から、自分の中に燻る黒い気持ちが芽生えた。

――嫉妬と、独占欲。



俺は祥子と別れてから何人かの女性と付き合った。けれど誰と付き合っても数ヶ月ともたなかった。元恋人たちは向こうから告白してきたくせに、俺をすぐに振るのだ。

『私のこと少しも好きじゃないよね』
『大切にされてる気がしない』
『ゲイなの?』
『友人としては65点だけど恋人としては0点』

散々な言われようだった。でもそれも仕方のないことだったのかもしれない。誰と付き合っても本気で相手を好きになれなかったのだ。何かが違って、何かが足りない。
自分の求めているものが何なのか考えた。
いや、考えるまでもなかった。
元恋人たちに恋慕の込められた顔で見詰められる度に、その表情の中に俺は祥子を探していたのだから。

どうして祥子なのか。

祥子にあって元恋人たちに、なかったもの。
それは圧倒的な俺に対する執着だ。
初めて付き合った女性が祥子だから、それが基準になってしまったのだと思った。
鎖で縛り上げられるくらいの執着でなければ愛を感じなくなり、愛を感じないから自分も愛を返すことがてきないのだと、そう考えた。

だから、祥子のようなタイプの人間を探した。けれど、あれだけ圧倒的な執着を俺に向けてくる人間を見つけるのは難しかった。例えばストーカーと付き合ったって彼女程は束縛してくれそうにないだろうと想像がついた。

もはや俺の渇望を充たしてくれるのは彼女しかいないと思った。

でも、そんなに都合のいいことが許されるのだろうか。俺は自分から彼女に別れを告げたのに。
でも妙な自信もあった。あんなにガチガチに束縛するほど俺に執着してくれていたのだ。6年経っていたって俺のことをまだ好きでいてくれるのではないだろうか、と。

久しぶりに会った彼女は俺と付き合っていた時よりも健やかで美しくなっていた。アルコールを摂取したせいでほんのりと赤くなっている頬、艶のある唇。雰囲気がガラリと変わっていた。友人たちと話す、見たことのないような落ち着いた大人の笑みをしたためている彼女を見て、胸が締め付けられた。

彼女を家に連れ込みどうにか付き合ってもらえることになり、肌を合わせた。

祥子は6年前と全然違った。
体つきも、上げる嬌声も、俺を見つめる眼差しも、大人びていて別人のようだった。
そこには俺の知っている祥子はいなかった。それが悔しかった。
だから6年の月日を埋めるように、彼女が今まで会った男の影を振り払うように、何度も貪った。


昔のように愛してほしいなどという我が儘な要望に彼女は応えてくれた。ひっきりなしに震えるスマホ、セックスでも上に乗り何度も俺を求めてくれた。彼女の中心に自分がいる。そう実感すると頭の芯が痺れるような悦びを得ることができた。

でも幸せな日々はあまり長くは続かなかった。
段々と不安になってきたのだ。
彼女が束縛をあまりして来なくなったからだった。

俺と付き合う時に俺のことは『嫌いじゃない』と言っただけだった。もしや俺の知らない男に時間を割くために束縛を緩めたのではないか、と勘ぐってしまった。

鞄の中に入っていたコンドーム、あれは誰と使う為に準備していたものなのか。
うまくなっていた口淫は誰に教えて貰ったのか。

でも毎日連絡を取り合っているし、週末には泊まりに来てくれる。普通の恋人同士だったら、なんの問題もない安定した関係だ。でも不安だった。自分と会っていない間も自分のことだけ考えてほしかった。何もする余裕がないくらい俺を縛ることだけを考えていてほしかった。

そんなことを思ってしまう自分に驚いた。
これでは俺が彼女を束縛しているようだ。『俺に執着しろ』と彼女を縛っているのは俺なのではないか。

だから、電話で彼女に言ってしまった。
『こんなの、思っていたのと違う』
本音ではある。けれど彼女を少しでも慌てさせたかった意図があったのは否定できない。
祥子はすぐ俺の部屋に来てくれた。そして泣きながら別れたくないと言ってくれた。
でも『束縛を頑張る』とも彼女は言った。

頑張るって、なんだよ。
祥子の束縛はイコール愛情だろう。

酒に酔い本音が出たのだろう。
だって祥子は初めから言っていたじゃないか。
『嫌いじゃないけど、付き合うのはちょっと』と。
祥子は昔のことで俺に罪悪感を持っていた。それにつけ込んだのは俺だ。だから彼女は俺と付き合ってくれてるんじゃないか。愛されてなどいない。

だからと言って彼女を解放してあげたくなんてなかった。
演技でも俺を愛した振りをしてくれるんだったら、その手にすがりたかった。

俺はとっくに気がついていた。ガチガチに束縛してくれる女性が好きなのではなくて、彼女自身を愛しているのだと。



でも徐々に彼女は憔悴していった。昔ほどではないにしても体重も落ち、眠れていないのか顔色も悪い。そして話していても気はそぞろで、俺といる時間を苦痛に思っているようだった。

だから別れのメッセージが来た時は、来るべき時が来たんだと思った。

俺はすっぱり諦めなくてはいけないんだろう。
6年前、俺が別れを告げた時、彼女は涙を流しながらも黙って受け入れてくれた。その後も付きまとったりしなかった。
俺は引き下がるべきだ。
でも無理だった。スマホの番号を変えられても引っ越しをされても諦めることが出来なかった。

もし6年前、俺が彼女を受け止められるくらい大人だったなら、今でも隣に居てくれたのだろうか。
俺は愚かだった。
彼女から逃げてまで手に入れたかった自由は、虚しさに変化し、やがて孤独に変わってしまった。

再度付き合えることになってから俺の人生はまた動き出した。
祥子が一緒にいると、星空を綺麗だと思い、食事はただの栄養補給ではなくなり、くだらないテレビ番組は彼女の笑い声で一流の喜劇になった。

だから祥子じゃなきゃ駄目なんだ。俺が愛せるのは彼女しかいない。
誰かに取られるなんてまっぴら御免だった。



祥子には、俺に捕まらないでほしかった。もっと本気で逃げてほしかった。俺の家に一人で来るなんて不用心なことしないでほしかった。

だって捕まえたら二度と離せないのだから。
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