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「思ってたのと違う」
しおりを挟む初めのうちは仕事の合間などに一日50回くらい送っていたメッセージも半分以下になってしまっていた。そして、彼の交遊関係を調べる為のスマホチェックや、GPSを見て彼が家に着いた途端に『おかえり』とメッセージを送ったりすることを怠った。元々したくてしていたわけじゃなかった。だからやらないでいいならやりたくなかったのだ。
そしてある日、会社の飲み会が終わりほろ酔い気分で私が電話をした時、彼に言われしまったのだ。
『こんなの、思ってたのと違う』と。
私は勘違いをしてしまったのだ。付き合いがあまりにも順調過ぎて、私自身が彼に愛されていると思ってしまった。
自分の愚かさを認めた。でも別れたくはなかった。
だから彼にすがりついた。
慌てて彼のマンションまで行って、『また明日から束縛を頑張るから別れないでほしい』と泣きながら言った。
正孝くんはそれを受け入れてくれた。でもその時の苦し気な表情から、次は無いだろうと思った。
私は頑張った。
彼の会社の前で待ち伏せしたり、彼の部屋にやたら私物を持ち込み目立つ所に置いたりした。そしてGPSアプリを常に開き、彼がコンビニに行けば『男の店員さんに会計してもらってね』というメッセージを送った。
でも毎回同じようなことをしたら、彼も新鮮味が無くなってしまうのではないかと常に怯え、いつでもどんな束縛をしたらいいかを考えていた。彼と一緒にいてもそのことで頭がいっぱいだった。
やがて限界が来た。
やりたくないことをし続けるというのは、精神的にキツかった。
もう無理だと思った。
私では手に負えない。
昔の私なら普通に出来ていたことが、今は苦痛だった。いくら彼が喜んでくれても、一般的には良くない行為だ。大人になり色々な人と関わって常識や適切な距離感を学ぶと、昔の私は病気だとしか思えなかった。自分を病気のように偽らなければならないのは辛かった。
それに彼だって形だけではなく、本当に心の底から束縛してくれる人の方がいいはずだ。
別れを告げようと思った。
"別れ"という言葉から卒業式に言われた彼からの言葉を思い出した。
私はあの時の彼の気持ちが分かった。
そしてこれは彼の復讐なのではないかと思った。
自分のしたくないことを強制される苦しさを、身をもって分からせようとしたのかもしれない。
尤も、私が束縛を『したくない』と思っていることなど知らない彼には全くの濡れ衣なのだけれど、その時の私は精神的に疲れ果てていて、マイナスの方に思考が傾いてしまっていたのだった。
私は震える指でメッセージを送った。
『ごめんなさい。赦してください。正孝くんなら理想の相手が見つかるはずです。さようなら』
メッセージを送った後に涙が溢れてきた。
昔の彼とならうまく付き合えたのだろうか。そして今の彼なら高校生の私とうまくいったのだろうか。
こんな妄想はしても無駄だった。
昔のことがあるから今の私がいる。それは正孝くんだってそうだ。
どこまでいってもうまくいかないのが私たちなのだ。
彼からの返事は見なかった。電話もかかってきたけれど出なかった。すぐにスマホを新しくした。そして友人の家にしばらく泊めてもらいアパートも引っ越した。
とにかく逃げたかった。
『復讐だ』と言われたら死ぬほどのショックを受けそうだし、『別れない』と言われれば無理をしてやりたくない束縛をし続けて精神が死んでしまうだろう。どちらにせよ地獄なのだ。
無視していたのにも関わらず彼は友人伝いに連絡を取ってきた。
『部屋に置いてある荷物を引き上げてほしい。捨てるにも大量過ぎる。鍵を渡すから俺が仕事に行ってる間に頼むよ』
行きたくなかった。
新しい恋人が出来そうになったから、私の荷物を片付けるのだろうかと考えたら胸が苦しくなった。
私は友人から鍵を渡され、有給を取って彼の部屋に行った。
玄関ドアの内側に彼の字で『持ち帰ってほしいものリスト』なる紙が張ってあった。
その紙を持ち、部屋に足を踏み入れた。彼の香りがして、この部屋でした色々なことが頭に浮かんできて胸がぎゅっと痛くなった。
別れてからも配置が変わっていないように見えた部屋だったけれど、前に置いてあった場所に私物がなかった。それは引き出しの中だったりベッドの脇に挟むように置いてあったりで探すのにとても骨が折れた。
きっと途中まで整理をして場所を移動させたりしたものの、大量過ぎて匙を投げたのだろう。
あと少しでリストのものが全部揃う、というところで玄関のドアがガチャリと開いた。
予期せぬことに固まっていた私の前に部屋の主は現れた。
彼の服装は乱れていた。スーツの上着を手に持ち、ネクタイの下の部分をワイシャツの胸のポケットにねじ込んでいた。
そして額に汗を滲ませ肩で息をしている。
正孝くんはどんな状況でも素敵だな、と思ってしまい慌てて自分を律した。
「いっ、今帰るからっ。」
私物は全部揃っていないけどあと僅かだ。捨ててくれるだろう。
私物を詰めたスーツケースを閉め、玄関に向かおうとした私の前で彼は手を広げ通せんぼをした。
「どこ行くの?俺、リストに祥子の名前書いてないんだけど。」
彼は射るように私を見つめ、ネクタイをシュルシュルと首から外した。
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