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等身大 ◆ルイ
しおりを挟む夏休みが終わるまでの三日間、真木に付き合えと言われ、何に付き合わされるのかと思っていたら、二ヶ月間のことを二人で振り返る作業をしようと言われ拍子抜けしてしまった。
それは真木のしたいことではなく、僕の為のものだ。
二ヶ月間の記憶を取り戻したくはあるが、医師にも要約すると「焦らずに」と言われていたし、何よりあと三日しかない貴重な休みを費やしてまで今するべきことなのか疑問だった。
しかし、真木は「これが俺のしたいことだから」と譲らず、結局、真木の言う通り事を進めることとなった。
事を進めると言っても、三日、今晩を含めても四日しかないのだから全てを振り返ることは出来ない。
勉強内容などは割愛し、思い出のエピソードなどを真木の口から語ってもらい、日中には二人で出掛けた場所に出来る限り赴くことにした。
さっそく、と言われて語られた同居初日の話から、僕は赤面させられることとなった。
『僕』は、初日に真木と一緒に入った風呂で腸内洗浄をし始めたらしい。それを真木はずっと何も言わずに眺めていたらしい。
どうしてそんなことにと愕然としていると、真木は『手続き記憶』なるものを僕に教えてくれた。
記憶喪失中でも、習慣的にされていた行動は体が覚えている。
『僕』はその『手続き記憶』とやらで真木の目の前で腸内洗浄をしたようだ。
話を聞いた時は何故そんな馬鹿なことをと『僕』に対して憤りを覚えたが『手続き記憶』ならば、知らずに痴態を見せてしまった『僕』は被害者だ。
もちろん、見せられた真木だって困惑しただろう。
「ごめん、真木」
それ以外に言える言葉も無く、気落ちしていると真木に頭を撫でられた。
「俺は別に見ても嫌悪感とか無かったから。洗浄してた理由はわかんねーし聞かねーけど、なんか事情があんだろ。人には色々あるもんな」
真木は少し同情的な目で僕を見ており、見当違いな方向で納得しているのが窺えた。
自慰の為の準備だとは考えていないことから『僕』は洗浄後、自慰にまでは至らなかったようだ。それについては安堵した。洗浄は作業だから無意識に行動に出たが、自慰は欲に基づいて行われる為、至らなかったのかもしれない。
そんなことを考え安堵したのも束の間、次のエピソードとして『僕』の自慰事情が真木の口から語られた。
『僕』は、真木が用意した水着グラビアでは欲を吐き出すことが出来ず、真木に手伝いをさせたらしい。
真木に自分の名前を呼ばせたり、応援させたり「出せ」などと命令させたり、他にも真木の写真を見て自慰をしていたようだ。
それは間違い無く、僕の影響で、またもや真木と『僕』に対して申し訳なくなった。しかし、今回は話の前に「謝るなよ」と真木に念を押されていた為に謝罪の言葉は口に出せなかった。
他にも次々と、四時間に渡り暴露された『僕』の行動の数々。
それらのほとんど……いや、全ては、辿れば僕自身に起因があることばかりで、さまざまな感情が揺り動かされ、僕は疲労困憊でぐったりとしてしまった。
それとは対照的に、真木は「もう寝る時間か」と時間を忘れたように楽しそうだった。
真木は『これが俺のしたいことだから』と言った。僕の為でもあるが、言葉の通りの意味でもあったらしい。
真木は『僕』との思い出が風化してしまう前に話しておきたかったのかもしれない。
この二ヶ月間、二人は閉ざされた空間の中でほとんどを過ごしたはず。誰も目撃者のいないラブストーリーを幻にしたくはなくて、大切な宝物を一つ一つ取り出すように僕に見せた。
それを寂しいとか妬ましいなどとは思わなかった。
真木は『僕』と僕は一緒だと言った。
僕はその言葉を信じたくても心の奥では信じられず『僕』のことを他人のように思っていた。
しかし、真木の語る『僕』の姿は、良い意味でも悪い意味でも『等身大』であった。
『僕』は思いもよらないスキルで真木を陥落させた怪物などではなく、少し幼い部分を持った青年だった。
その『人間味』は色々なしがらみを取っ払った僕自身の姿ではないかと思えるほどに『僕』を身近に感じさせた。
身近に感じれば真木の口から語られるエピソードも後半あたりからは僕の頭にすんなりと入っていった。
自身の思い出に変換、とまではいかないが、まるで自分のことのように感情が揺さぶられた。
その為に今、大層疲れてはいるが、充足感はあった。
僕は『僕』を受け入れ始めていた。
真木が『僕』とのことを話す際に行動を否定するようなことを一切言わなかったのも要因の一つだ。
どんなことをしでかしても真木に肯定してもらえる安心感があり、外野の目も気にしなくていい。それなら自分だって『僕』のように無邪気で素直に、時にはワガママになれたのかもしれないと思えたから。
翌日は真木と朝早くからさまざまな場所を回った午前中は博物館と図書館、午後には動物園、帰りに公園。
また次の日は、遊園地へと行って、帰りに学問の神様が奉られている神社で参拝をして帰ってきた。
慌ただしくはあったが、僕は純粋に真木とのデートを楽しんでしまった。
残念ながら何かを思い出すことは無かったが『僕』も同じ気持ちで楽しんだのかもしれないと想像することは出来た。
『僕』は僕の一部。
事実として認めると、心が軽くなった気がした。
『僕』が持っていた自己肯定感を分け与えて貰ったような、そんな気分だった。
だから、少し素直になってみようと思った。
僕は真木の素肌に触れたかった。
僕が記憶を取り戻したと告白してからはキスしかしていない。真木には「まだ初日だし」と言われたが、今日はもう『恋人四日目の夜』に突入している。
しかも明日で夏休みは終わってしまうのだ。
僕は真木の布団へと侵入した。
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