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資格 ◆ルイ

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「ちょっと話、いいか?」

朝食を食べ、服を着替え病院に行く準備を終えた頃、真木に改まってそう言われた。

真木は少しばつが悪いというか、困っているというか、とにかく微妙な顔をしていた。今からする話は、真木にとって言いづらいことであるらしかった。

「多分さ、今日、色々聞かれると思うんだ。医者から」
「うん」

検査をしに病院に行くのだから問診で色々聞かれることは間違いないだろう。

「それで、記憶が戻るきっかけ、みたいなのも聞かれると思うんだけど……」
「二ヶ月間の記憶を失くしてしまったことを伝えればいいんだよね?」

昨日真木が夜勤の看護師に伝えてくれたのは記憶が戻ったということだけ。その時点で真木は僕に二ヶ月間の記憶がないことを知らなかったから。
そのことをちゃんと話せよ、という確認かと思ったが真木の言いたいことは他にあるらしかった。

「俺にも、心当たりがないかって聞いてくるかもしれないと思って」
「……真木には心当たりがあるの?」
「まぁ、あると言えばあるんだけど、ちょっと生々しい話で、医者に言うか言わないかをルイと相談したいんだ」

僕は昨日の朝に記憶を取り戻した。きっかけがあったということは寝る前に何かがあったのだろう。

「わかった」
「……ルイは一昨日の晩、失神したんだよ。……俺が、その…ルイの後ろを指で弄ってたら、あり得ないくらいに感じ始めてさ、前立腺に初めて触っちゃったせいだと思うんだけど、嬉しくなって調子乗って何回もいかせてたんだ。そしたら盛大に達した後、電池が切れたみたいに動かなくなって……。焦って起こしはしたけど、大丈夫、眠いって言われたから朝までそのまま寝かせたんだ」
「……」

記憶が戻るきっかけらしきものが、アナルイキ。

それは確かに医者には言いづらい。やむなく言うにしても僕の了承を得なければと真木は思ったのだろう。

「……色々、ごめん」

謝罪は、失神させてしまったことと、僕の知らないところで勝手に後ろを弄ったこと、両方に対してだろう。

申し訳なさそうにしている真木を見て、僕こそごめん、と言いたくなった。
一昨日の晩の『僕』があり得ないくらいに感じてしまったのなら、それは僕のせいだ。
長い時間をかけ自己開発をしていたせいで僕の前立腺は敏感になっていた。『僕』にとっては未知の快感だっただろう。それで何度もいかされたのでは脳にショックを受けてもおかしくはない。

謝らないで、と言おうとして小さな疑問が胸に湧いた。

真木は、前立腺に触っちゃったせいで『僕』があり得ないくらい感じ始めて、と言った。

初めて。

真木の笠の広がった陰茎を思い出す。
あれを挿入すれば、間違いなく前立腺は刺激されるはずだ。

「……もしかして、僕たちって、まだ、してなかったりする?」

僕が主語を省いたせいで、真木は話の流れが読めずに一瞬、思考を巡らせたようだったが、その後に頬がじわじわと薄いピンクに染まっていった。

「してない」

僕はまだ未貫通だった。
ということは真木もまだ童貞。

昨日、真木は僕の尻の心配をした。
加えて真木の僕の体の触り方とか、余裕のあるSっぽい感じの言葉攻めとかも相まって、とっくに二人は経験済みなのかと思っていたが、まだだったらしい。

正直に言えば、嬉しい。
物凄く。
好きな人の初めてをもらえることを想像すれば、胸がはち切れそうなほどに嬉しい。

しかし、心に引っ掛かるものもあった。

真木の始めては『僕』に捧げられるべきものだったのではないか、という思い。

真木は僕と『僕』は同じだと言った。僕もそうであればいいと思っている。
それでも『僕』に対してどうしても罪悪感を抱いてしまう。

「ルイ、どうしたんだ?」

もやもやとした感情が顔に出てしまっていたのか、真木に心配そうな顔をさせてしまった。

「なんでもないよ。びっくりしただけ。そろそろ病院に向かわないと」

口角を上げ笑ってみせたら、顔を両手で掴まれた。

「嘘だ。不安そうな顔してる」
「……そんなことない」
「……いーや、何かに悩んでるんだろ? 俺に言えって」
「……」
「ルイ」

じっと見つめられ、言うまで許してもらえそうになく、僕は観念した。

「……僕には真木の初めてをもらう資格があるのかな、って思って」
「は? なんだよ、資格って」
「……」
「……また、二ヶ月間のルイはルイであってルイじゃない、とかって話か?」

僕は頷いた。

『僕』の方が相応しい。
そんなことを言っても今さらどうにもならないことを、ぐちゃぐちゃ考える自分がとても嫌だった。

真木の目を真っ直ぐに見られず視線を外した。
そんな僕を見て真木が、ふう、と溜め息を吐いた。
面倒くさい奴だと呆れられてしまったのではという恐怖で、恐る恐る真木を見た。すると「やれやれ」という言葉がぴったりな顔で笑ってる真木と目が合った。

「……つい最近の話なんだけど、記憶喪失中のルイはさ、すごく積極的に俺とセックスしたいって言ってきたんだ。そのくせ、土壇場になってから、チンコ入れるのだけはちょっと待ってって言ってきたんだ。……もしかしたらルイも迷ってたのかもしれない。今のルイと同じこと、考えてさ」
「そんなの……」
「わかんないよな。俺も、その時は単純に怖くなったんだろうなって思ってたし。でもさ、思い出してみれば、さっきのルイと同じ顔してたんだよな、そん時のルイは。同じ様に悩んでるのは同じルイだからだろ? 俺はそう感じてる。……でもさ、ルイは記憶が無いから、別人のように思っちゃうんだよな」
「……うん」
「だったら、思い出せるように二人で努力しないか?  この二ヶ月で行った場所や話した内容、全部辿ってみよう。そんで、今日のところはさ、取り敢えず病院行って先生にも相談してみようぜ」

僕の悩みは人によっては鼻で笑われそうな類いのものだと理解している。
それでも真木は半分背負ってくれようとしている。

真木の言葉がすうっと胸に沁み込んで、心が軽くなった気がした。

「……うん。わかった」

真木は僕の顔から両手を外し、頭をひと撫でしてから、ポケットに入っているスマホを取り出した。

「やべ、時間ギリギリだ」
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