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『僕』と僕 ◆ルイ

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「あー、やべーな、このままだと襲っちゃうな。キスだけでもルール違反なのに」

真木は独り言のようにそう言って起き上がった。そして僕の両腕を掴んで引き上げてくれた。
向かい合って立つと身長が同じくらいだから真っ直ぐに目線が合う。
真木は僕の顔を見て照れたように笑った。そして今日、何度目かの『頭ナデナデ』をしてくれた。

「そんな顔すんなって。夜にまた、いっぱい、キスとか…しようぜ」

きっと物欲しそうな顔を僕は、していたのだろう。
もっとキスしてほしいとか、もっと抱き合っていたかった、とか。そんなことを思ってぼーっと真木を見てたから。

でも夜まで待てば真木はこれ以上のことをしてくれるらしい。

ごめんなさい、真木。
明日の朝、絶対に言うから、今日だけは『記憶喪失の僕』でいさせてください。


散歩デートをし、真木手作りの昼食を摂り、午後は社会と英語の勉強をして夕方にスーパー往復の『デート』をした。
そして夕食は僕の好きなオムライスを作ってくれてケチャップでハートマークまで真木は描いてくれた。


真木は常に僕に優しい。
以前も優しかったが、今は大事な宝物でも守るように僕を慈しんでくれている。

これが友人と恋人の違いなのだろう。


二ヶ月の間に、二人に何があったのか知りたい。
どうして僕は忘れてしまっているのだろう。

真木と僕との間に知らない思い出があるということはもどかしくて、悲しい。
しかし、それよりももっと心に引っ掛かるものが出来てしまった。

真木と半日過ごして楽しくて嬉しかったはずなのに、話せば話すほど、慈しむような真木の瞳が僕を通り越して『僕』に向けらてれているような感覚に捕らわれていった。

スマホに入っていた動画の僕は無邪気で、素直で、ダメ?なんて甘えた声も出せるおねだり上手な男だった。
真木からも努力家で可愛くて、いたずらっ子と評価されていた。

どれも自分の評価としては当てはまらない。

僕は『僕』のことを同じ人間だとは思えなくなっていた。


記憶喪失になって人柄が変わってしまった、という話は以前に聞いたことがある。

考えてみれば、いやさほど考えてみなくても、10年も想い続けて『現状維持』さえもままならなくなった僕と、二ヶ月以内で真木と恋人関係になれた『僕』が同じ人格のワケがなかった。

キスや甘い言葉どころかちょっとした笑顔の一つさえも、僕じゃなくて『記憶を失った僕』に対して向けられている。その事実に僕は打ちのめされ息をするのも苦しくなった。


「ルイー、いいぞー」

浴室から真木の声がする。

まだ真木が風呂に入ってから10分も経っていない。
浴槽に湯も溜めたのに随分な烏の行水だ。

僕は返事をしてから、のろのろと準備をして真木が風呂から上がってくるのを待った。

「ルイー?」

また僕を呼ぶ声が浴室からした。
入浴が終わったのなら何故出てこないのかと疑問に思ったがタオルでも忘れたのかと、もう一枚バスタオルを持って浴室の折れ戸をノックした。

「どうした? 入ってこいよ」

真木はそう言って内側から戸を開けた。
真木は浴槽に浸かっている。

「今日は背中、流してやるからな」

『僕』と真木は一緒に風呂に入っていたようだ。

一緒に風呂に入ったことは何度もある。中学の途中まではほほ毎日真木のばーちゃんがやっていた銭湯に入らせてもらっていた。
しかし、こんなに狭い浴室で、というのは初めてだった。
緊張しつつ浴室に入ると、真木は僕を見て笑った。

「なんか、改まってそうやって隠されると、エロく感じるな」

真木は僕の股間を指差している。
股間をフェイスタオルで隠す"銭湯スタイル"で浴室に入ったのだが、考えてみれば自宅でそれはおかしい。
慌ててタオルを外して浴室の外に投げ、何事も無かったような顔をしてシャワーのコックを捻った。

「プッ、なんだよ、それ」

真木は僕の行動を見て、吹き出し、ケタケタと笑い始めた。

真木は昔から僕が変な行動、――自分的には一応理由のある行動なのだが――をすると、いつも楽しそうに笑っていた。
その顔は僕のよく知ってる真木に見えた。

笑顔が、やっと自分だけに向けられたような気がして苦しかった心が少しだけ楽になった。


風呂から上がると、布団が二組敷かれていた。先に出た真木が敷いてくれたのだが、それらはぴったりと隙間無く並べられていて、しかもその中央には全裸の真木が座っていた。

『夜にまた、いっぱい、キスとか…しようぜ』

真木に言われた言葉が甦り、一気に心拍数が上がった。

昼間はキスもしてはダメ、どうやら、そんなルールが真木と『僕』との間にはあるらしい。その代わりに夜は愛を確かめ合う時間。


「服、着ちゃったのか。……まぁ、脱がすのもエロくていいよな。……ん? どうした? ルイ、早く来いよ」

真木は両手を広げている。乾ききっていない髪は黒くて艶やかで、照明の真下にいるから前髪が顔に影を作っていて精悍に見える。
影から覗く瞳はギラギラと情欲を窺わせるように輝いておりセクシーだ、

呼ばれた僕は、働き蜂が花の蜜に引き寄せられるように、ふらふらと真木の元へと向かった。
正面で膝を落とすと、すぐに真木の胸に抱き寄せられた。
シャツ越しに感じる風呂上がりの熱い肌が僕の真ん中に火を灯した。

「今日はチンコだけな」

啄むようなキスをしながら真木はそう言った。
キスに蕩けて「チンコだけ」の意味を理解せずにいたら、真木の手が僕の股間に触れた。
パンツの上から擦られて扱かれて、目の奥で火花が散るような衝撃と快感を覚えた。

「ンンッ、っ、気持ち、いいッ。気持ちいいよォ、真木いっ」
「ははっ。我慢汁出てる。さっき履いたばっかのパンツ、もうびちょびちょだぞ」

意地悪く言われて、背中がゾクゾクして、そこから全身に快感が広がった。
思わずきそうになったが、真木に根元をぎゅっと握られて阻止された。
けないのは苦しいが、射精をコントロールされている、という状況にも興奮してしまう。

「真木ぃ、もっと、もっと僕をいじめてッ」

口から勝手に願望が飛び出るが、それを律する理性は行方不明になっている。

「っ、ヤバ、エロ過ぎだろ。……ルイ、俺の咥えろ」

夢みたいだと思った。
こんな風に言葉攻めされる妄想を一人、尻に指を埋めながら毎日していた。
まさか妄想が現実になるなんて。

僕は真木の股間に顔を埋め、震える唇でそこに触れた。
先端の尿道口にキスをすると自分の唾液でないぬるりとした感触がした。液体に濡れた唇がピリピリと痺れて脳はとろけた。

この美味しい液体をもっと飲みたい。
その一心で全体を口に含み、舌を動かしながら唇で扱いた。
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