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天国 ◆ルイ
しおりを挟む「ルイ、起きろ、朝だぞ」
大好きな人のモーニングコールで目が覚めた。
本当に寝過ごしてしまうなんて初めてだと思いながら、目を擦り、いつも通り玄関に向かおうと半身を起こした。しかし視界の隅で肌色の物体を捉えて、驚き体が固まった。
――え?
「おはよう」
そう言ってヘアゴムを口に咥え僕の長い前髪へと手を伸ばして来たのは10年来の親友で想い人の真木だった。
昨日、真木はこの部屋に泊まったのか?
寝起きで頭がぼんやりしているが、昨日のことを思い出そうと必死に頭を働かせていると急激に胸が痛くなった。そして痛みと共に思い出したのは最悪とも言える1日のことだった。
昨日は真木に【 】のことがきっかけで距離を取ろうと言われた。
アパートも引っ越すと言われて僕は現状が耐えられなくなって部屋を飛び出た。目的地もなく走り続けていたら途中から雨が降って――
「よし、今日も可愛い」
昨日のことを思い出しているうちに、僕の前髪は真木の手によって結われていた。どこか手慣れた真木の行動に、視界はクリアになったが、頭は混乱した。
しかも、可愛いと真木は今言わなかっただろうか?
何を可愛いと言った?
目が露になった僕?
――まさか。
しかし視線は僕に向いている。
脈拍が急上昇して顔が熱くなる。こんな赤い顔を見られたら真木への想いがばれてしまう。
僕はとっさに自分の腰辺りに掛かっていたタオルケットへと顔を埋めた。
「どうした? 大丈夫か?」
真木は心配げな声で僕を気遣い、背中に手を置いた。
肌同士が直に触れ合ったことで自分が全裸なのだということに気付いた。僕の肌を真木の手が優しく撫でていく。背中、腰、それらを経て手は尻の丸みへと到達した。
予期せぬ触れ合いに体がビクンと大袈裟なほど揺れた。
「……あ、悪い、尻、痛むんだな。……昨日は無理させてマジでごめんな」
尻…?
ただでさえ情報過多で訳がわからないのに、尻という言葉が飛び出してきて頭が爆発しそうだ。
「ルイはまだ寝てていいから。俺はドラッグストアが開いたら軟膏買ってくる。それまでに朝飯も作っとくから」
そう言うと真木は僕の傍から離れた。おそらくキッチンへと向かったのだろう。
恐る恐る顔を上げ、真木の姿を追った。
居室からキッチンへと繋がる片引き戸は開いたままだ。壁に体を隠すようにしてキッチンを覗くと冷蔵庫から食料を出す真木の後ろ姿が見えた。
上半身裸、下半身はハーフパンツといった姿だ。
節立った手が大根を掴み、持ち上げると腕の筋肉が盛り上がり、連動して肩甲骨も動いた。たったそれだけの動作に心がときめき見とれてしまう。
裸を見たのは卒業旅行の風呂以来だった。
高校時代、部活でサッカーをしていた真木の体は今でも筋肉質だ。
数ある疑問が頭から抜け落ち、真木の体をうっとりと見つめていると、視線を感じたのか真木が振り返ってこちらを見た。まずいと思ったが、どうすることも出来ずにばっちり目が合う。
「どうした、ルイ? もしかして我慢できないくらい痛むのか?……腫れてんのかもしれねーな。ちょっと見せてみろ」
キッチンの布巾で手を拭いて真木が僕に近づいてきた。そして後ろに回り、あろうことかいまだに全裸のままだった僕の尻を掴むと左右に開いた。
僕の穴が好きな人に見られていると思うと、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
しかも真木は直接そこに触れてきた。腫れ?を確かめているのか、指先で優しくヒダを撫でている。
思わず僕の口から聞かせてはいけない声が出てしまった。
「ひぃん、っあ、あ、だ、だっ、ダイジョブっ、だからッ!」
逃げるようにして布団に戻りタオルケットを頭から被った。
「腫れてなくて良かった。でもちょっと赤くなってる気がするから薬は塗ろうな」
「……う、うん」
「飯、もうちょっとで出来るから、そのまま横になってろ、な?」
「……うん」
「なんだ? 恥ずかしいのか?」
「……」
「可愛い奴め」
「……っ」
真木の足音が遠ざかり少しすると水音がして、その後、包丁の音が聞こえてきた。
僕は取り敢えず心を落ち着かせようと深呼吸をした。が、タオルケットから真木の匂いがして逆効果だった。
体がカッと熱くなる。
『可愛い奴め』という甘ったるい声が耳から離れない。
――僕は昨日、真木に抱かれた。
真木の言葉と態度が何があったのかを物語っている。
おまけに尻に少し違和感があるし、拭き取ってはいるのだろうがローションのベタつきも感じる。
どうしてそういうことになったのかわからない。
何度思い出そうとしても、陸橋の階段から滑って転んだところで記憶は途切れている。
もしかしたら、僕は死んだのかもしれない。
強く頭を打って。
それなら説明がつく。
昨日の夕方の時点で僕は真木に距離を置かれようとしていた。それがたったの半日で真逆の関係になれるワケがない。
ここは天国。
僕の妄想を現実のように見せてくれる特別な場所。
それなら何故、事後から始まっているのか、肝心なところが抜けているではないか。そんな疑問が湧いたが、僕の妄想が貧弱だったせいだと結論付けた。
死んでしまったのは悲しいし残念だ。真木と一緒に年を取りたかった。
でも、考えようによってはこれで良かったのかもしれない。
これから真木が誰かと出会い結婚するのを見なくて済んだのだし、天国では、こんな『ご褒美』付きだ。
自分の死と目の前の幸せ。
悲しみと喜びが混じり感情がぐちゃぐちゃになった。
その時、スマホが振動した音が聞こえた。タオルケットから頭を出し音の方向を見ると自分のスマホがあった。
手に取ると、メッセージが届いていた。友人の松田からだ。
『高校ん時の、お前が持ってない写真、偶然見付けたから送っとく』
送られてきたのはサッカー部の部室での自撮り写真だ。
ユニフォームを着た松田は指を三本たてている、その隣にはジャージ姿の僕が変顔をしている。この日、松田は他校との練習試合でハットトリックを決めていた。確かに僕は持っていない写真だが、何故今さら?
それにこの世界は僕の妄想の中のはずだ。こう言っては何だが、別に思い出深いエピソードだった訳じゃない。
よくわからないながらもスタンプでサンキューと返事をした。
『いいってことよ。なんか思い出せたらいいな』
――思い出せたら?
『あ、焦ることはないんだからな。記憶があっても無くても俺らはダチだ。なんかあったら頼れよ』
――記憶があっても無くても?
意味が不明なメッセージを暫く眺めていたら、今日の日付が目に留まった。
9月13日。
僕の命日と思われる日から、ちょうど2ヶ月後の日付だった。
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