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『好き』 ★真木

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共同生活10日目。

ルイも俺もこの生活にすっかり慣れた。
元々、沢山の時間を共有してたから一緒にいることは苦にならない。

一緒にいて何をしてたかっていうと、掃除をして洗濯をして飯の準備して、映画を見たりゲームをしたり、あと、一応ルイの勉強をみてやったりしてる。
記憶が戻れば必要ないものだけど、そうでない場合は一般常識くらいの知識はあった方がいいから。


それで、今日の予定だけど、ルイに大学の構内を見せに行くことにした。

そろそろ本格的な外出をさせたいと思ってたし、行き先が大学ならそう遠くもないし、記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。
外出自体はちょこちょこしてて、近くのコンビニに行ったりして慣らしてたから、出掛けるのは多分、問題ないはず。

それでも記憶喪失後のルイにとって電車や人混みは初めての経験だ。

多少恐がったり、もしくは興奮してはしゃいだり、どちからだと思ってたけど、ルイは意外にもすぐに順応してた。
電車の中では初めこそ座席でそわそわと体を動かしたり窓の外を見て、俺に「あれ、なぁに?」としきりに聞いてきたりしたけど、周囲の人が黙って座ってるのを見て、自分もそうしなきゃいけないと思ったのか行儀良くしてた。

おどおどしたりもしてないし、その姿は記憶を失くす前のルイそのものだった。……"ちょんまげ"以外は。

人混みを歩く時も、俺の服の裾を掴んではいたけどパニックになることも無くて、無事に大学に着いた。


夏休み中だから構内の人影はまばらだ。

教室の中まで入ってみたがルイは興味深そうにするだけで、何も思い出した感じは無かった。

味覚で脳が刺激され記憶が甦るなんてこともあるらしいから、昼食がてら学食にも連れて行った。
ルイは本人がよく食べてたオムライスを、俺は豚丼を頼んだ。

「うまいか、ルイ?」
「うん。おいしい!」

口調は幼くても、スプーンを口に運ぶ動作は大人のもので、子供にありがちな、顔に飯粒をつけたりこぽしたりすることは無い。
そういったことに手がかからないのは助かるような、少し物足りないような……なんて思う俺はヤバイ。
毎日のように父性を刺激されるスイッチをルイに押されまくってるから、頭がバグってきてる。

自分のキモさに頭を抱えてると、聞いたことのある笑い声がした。

声の持ち主は佳奈子ちゃんだった。

男女数人のグループの中心で、ランチの乗ったトレーを持ってこっちの方へ向かって歩いていた。

「あれ? 恵介けいすけ君?」

会いたくない人に会ってしまったと思ってると、ばっちり目が合った。

「ど、どうも」

少しキョドりながら会釈をすると、佳奈子ちゃんは一緒にいた人たちに「先に行っててください」と言い、俺の傍までやってきた。
そして、俺の正面に座るルイを見て、少し驚いた後、苦々しい顔をしてそれを誤魔化すように俺に視線を戻して微笑んだ。
驚いたのは髪型(ちょんまげ)にだろうけど、何故苦々しい顔をしたのだろうか。

しかもルイには挨拶無しだ。

ヤリ目で近付いて、目的を達成したからもう用無しってことか? それともわざと無視して気を引こうとしてる?
わかんねぇ。
非モテ童貞には陽キャ女子の思考は読めない。


「恵介君もゼミ?」
「あ、いや、俺はまだ。……今日は、なんとなく飯食いにきただけ」

一年生の夏休みから熱心にゼミの活動をする人は珍しい。俺はゼミは二年の後半から本腰を入れようと思ってる。ルイに至ってはゼミに入らなくてもいいかな、なんて言ってた。

「そっかー。私は今からなるべく人脈広げたくって」
「あー、佳奈子ちゃんは偉いね」

適当に相槌を打つと「そんなこと無いよ」って言われて肩をポンと叩かれた。
佳奈子ちゃんはよくボディタッチをしてくるけど、女子との触れ合いに慣れてない俺はされる度にドキッとしてしまう。
なんかいい匂いもするし。


「ご、ごちそうさまっ」

突然、会話の外にいたルイが、割り込むように声を出した。
ついさっきまで半分は残ってたオムライスは綺麗に平らげられてた。急いで食べたようだ。

ルイは少し拗ねたような顔をして俺を見てる。
退屈だったのかもしれない。

「そうか、じゃ、帰るか」

佳奈子ちゃんに視線を戻すと「またね」と小さく手を振られた。



帰り道、ルイは一言も喋らなかった。何かを考え込んでるように見えた。

ひょっとして、佳奈子ちゃんに会ったことで記憶に引っかかるものがあったのかもしれない。

あ、そういえばルイが記憶喪失になったこと、佳奈子ちゃんに言わなかった。
……まぁ、言えるような雰囲気でも無かったし、心配してた感じでもなかったから、いいか。


「ただいまー」
「……」
「ルイ?」
「……」

アパートに戻ってきてもルイは口を閉ざしてる。
放っておくべきか迷ってると肩に手を置かれた。ルイの顔はなんだか悲し気だ。
なんだ?と思ってると、埃を落とすような感じで肩をパッパッと手で払われた。

「何かついてたか?」
「……さっきの女の人、触ってた」
「んん? さっき? 佳奈子ちゃんか? 触ったっていうか、軽く叩かれたな。それがどうかしたか?」
「……名前、呼ばないで」
「……名前? 佳奈子ちゃんの?」
「っ、呼は ないで」

ルイの顔は真剣である。

これは、親子関係、彼氏彼女、もしくは飼い主と飼い犬の間で発生するジェラシーという感情ではないだろうか?

「可愛いなぁ」

思わず本音を漏らすとルイは眉間のしわを深くして、さらに悲しそうな顔になった。
そして俺のシャツの裾をギュッと握ると俯いた。

「かわいいって、あの女の人?……僕より、かわいい?」
「えっとー、ルイの方が可愛い、かな」
「ほんと?」
「ああ」

まるでカップルのような会話が続いて、ちょっと照れてしまう。

うちのルイの方が何倍も可愛い。

照れを隠すようにルイの頭をわしゃわしゃ撫でると、ルイの眉間の皺は消えて迷子の子犬みたいな顔になった。

「……僕は真木君が、好き」
「ああ。わかってる」

この、こそばゆい会話の終わらせ方がわからない。
カップルならキスしてるところだろう。

ルイの『好き』は家族を慕う気持ち、――たった一人の保護者を取られたくないっていう気持ちの表れで、ある意味とても原始的で純粋な気持ちの『好き』だ。

でも大人になってから『好き』なんて言われることが久しく無かった俺は、変に胸がドキドキしてしまった。
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